Hurry up! 3


最初に踏まれたのは、やはり部室だった。

生徒会の用事で遅れて入った室内。今まさにグラウンドに出るメンバーとすれ違い、挨拶を交わす。
ロッカーへと向かう際、最後に目を合わせたのが越前リョーマ。 自分から非公式の試合を持ちかけ、完膚なきまでに叩きのめした相手。 全てをぶつけた試合は功を奏し、彼の姿勢は目に見えて変わった。強く強く、高みへと。 望む意思は力となって、成長へと繋がっていく。
考えれば随分と無茶をしたと、思いこそすれ後悔はない。 たとえ恨まれても憎まれても、彼が変わればそれで良かった。 予想に反し、特に何事もなく数日間。 元々お互いに接点のある間柄でもなく、部活動以外では滅多に会わない。 だからこそ油断していたのか安心していたのか、とにかく驚くには十分だった。
すれ違い様の一瞬の邂逅、交わる視線、強い瞳。 足に鈍い痛みを感じたのは刹那。

「あ」

気付いたような間の抜けた声。

「スイマセン」

後付けの謝罪は空々しく響いた。

それからというもの来るは来るは執拗な攻撃。 少しでも気を抜こうものなら踏みにかかる、その執念を他に使え。 思わず言ったが、気が向いたらとすげなく返された。 さすがにこちらにも限度というものがある。 見かけた廊下で呼び止め捕まえ、有無を言わせず指定した。

「昼休み、昼食を持って部室へ来い」

全く何の解決にもならず、混乱だけを極めた昼食は終了し、 だがそれからしばらく、越前は仕掛けてこなくなる。 安堵と共に、疑問とあとひとつ、違う感情が頭をもたげる。

そんなところでこの仕打ち。 謎の空白期間は油断を誘うものだったのかと疑いたくもなるものだ。
着替える途中だった為、衣服にかけた左手はそのままに、右手をロッカーについてバランスを取る。
僅か痺れた右腕でゆっくりと身体を起こし、逃げずに残る犯人へと振り向いた。

「ロッカーに身体ごと突っ込みかけたのは初めてだな」
「ども、スイマセン」

相変わらず繰り返される薄い謝罪は淡々と。 問い詰めても意味のないことは承知済み、あの昼以上の答えが得られるとも思えない。 見上げてきた視線は、ふいと逸らされ、まもなくすれば彼は歩き出して帰るのだろう。
それは衝動。自分にとっては限りなく自然な行動。

「嫌われたのなら仕方がないが」

呼びかけたことに怪訝そうに振り返る、相手。その瞳がひどく、気になる。

「俺はお前を気に入っている」

無意識に伸ばした手は髪に触れ、緩やかにほんの一瞬、頭を撫でて空気を掴んだ。
しっかりと見つめて、言葉を続ける。

「期待もしている」

言ってからこの数日間、もたげた感情をようやく理解する。
何故だかこの後輩の悪戯がやんだことに、寂しさを感じていたのだ。

「へぇ」

生意気な表情はそのまま、挑発するような言動もそのまま。
態度も声色も皮肉げだというのに、越前の瞳はどこか痛みを訴えた。

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