Hurry up! 2


自分が放った一言によって沈黙に支配されたランチタイムはそのまま静かに終了した。
お先に、と席を立ち上がった時に向けられた何か言いたげな部長の視線を無視して部室の外へ。
数歩あるいて息を吐き、気だるい気持ちで呟いた。

「まだまだだね」

一緒に食事をするなんていうのは初めてのことだ。 部長という権限を駆使すれば放課後にさりげなく残すなりなんなりできたはず。 第一、自分が仕掛けたくだらない攻撃は部活の合間や終了後の僅かな二人きりの時間の出来事なのだ。 ちょっと隙を窺えば話し合うチャンス、切り出すチャンスなど幾らでもある。 しかし彼は昼食を誘うという方法で話し合いを実行した。 本人なりの気の回し方なのかもしれないけれど『あの』手塚部長が後輩を誘う時点で不可思議だということには気づかないのか。 そもそも嫌がらせとしか思えない状態で対等どころかこちらを立てるような切り出し方、ここまでされる覚えはない。
あるとすればただ、そう、ただのひとつだけ思い浮かぶ。

―――青学の柱になれ!

さして関わりのなかったはずの自分を引きずり出して導いた、思い出すだけで闘争心が湧き上がるあの試合。 彼は全てを自分にぶつけた、自分は全てをさらけ出した。 そして二人の間に残ったものとは、なんだろうか。 確かに自分は変わった。強くなりたい、もっと強く。
だから、といえば? なれと言われて頷いた訳じゃない、同意なんて一度もしてない。
だとしたら彼は『青学の柱』というキーワードだけで自分に甘く接するのか。
馬鹿馬鹿しい。 声には出さず胸中で吐き捨てると、知らず奥歯をぎりり、と噛んだ。



数日経過、あれから何も変わらない。
元々、部活中だって指示を出されたりアドバイスを聞くくらいで交流自体ないのだから当たり前といえばその通り。 部長の性格上、誰かに話すなんてことがあるはずもなく、滞りなく部活は進んでいった。
この数日は何もしていない。 隙がなかったというのもあるけれど、面と向かって言ったこともあり様子見だ。
しかし何も変わらない。なんだこれ。苛立ちばかりが増えていく。

遅刻のノルマ10周を走り終え、既に人気のなくなった部室の中。むしゃくしゃしながら着替えを済ますとタイミング良く扉が開いた。
開けた人物はグッドどころか凄まじくバッドタイミング。

「…どうも」
「ああ」

短いやり取りのみで会話は終わり、部長は自分のロッカーへと足を進める。 気まずさなんてものは微塵もない、本当に普通のいつもの態度。腹が立つ。

「あれだけ言われて気にしないなんて強いね部長」

からかうような声音でぶつけた。動きが止まり、ゆっくりと振り向いて俺を見る。

「気にならない訳がないだろう」

目を合わせたのはほんの1秒くらい、そのまま姿勢を戻して着替えだす。 身体が勝手に動いて迫る。勢いをつけてまっすぐ確実に、上げた足は見事に命中。 足裏に感触、揺れる目の前の背中、響く鈍い音。

「あ、足跡ついた」

スイマセン、心にもない言葉が滑り落ちる。
蹴りつけた相手は無言でロッカーの中に手を突いてまた振り返った。

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