手癖が悪いとは聞いたことがある。ならば、この場合は足癖が悪いということか。
現状をゆっくり自分で確認して、それでもどうしよう、とは思わなかった。
踏みたかったから、それだけ。そう、それだけのこと。


Hurry up!


「通算何回目か聞きたいか」
「いちいち数えてんの?乾先輩みたい」

ろくに会話も弾まず、お互いに箸を進めて白けた空気。まったく取り合うつもりがないのをようやく悟ったのか、部長は断片でなおかつ直球で切り出した。 この人、よくこの喋り方でコミュニケーションとか取れるよね。適当な返事に対する声は低く、それなりに怒ってる雰囲気も感じられる。

「茶化さず理由を言ってみろ」

箸で玉子焼きをつまみながら、相手を見遣る。眉間の皺はいつもの二割増し、原因は言うまでもなく自分自身。 昼休み早々、昼食ごと拉致られて部室へ連行されてのひととき。
議題はズバリ、

「俺の足を踏むのは何故だ」
「真面目に聞くと物凄く間抜けだよねそれ」

部長へのちょっとした嫌がらせだった。

踏むだけ。ぐいっと、ぐりっと、勢いつけて。 もちろん割と力も篭めてるからきっと痛い、というか絶対に痛い。 最近の日課は部長の隙を見つけて足を狙うことだったりする。
人間、やっぱり足元は疎かになりがちらしく、タイミングを掴めば割と簡単に攻撃ができる。
応用編としては前を歩いてる相手のかかとを距離を測りかねた振りをして蹴ってみたり踏んでみたり、
はたまた横切るときに素知らぬ顔で踏んでいったり、バリエーションは広がっていく。
さすがにいつまでも黙認してるほど相手も馬鹿ではないわけで。 まずは理由を言ってみろ、と。話はそれからだと部長は言いたいんだろう。 ご苦労様です、ゼロキログラムの気持ちで心の中で呟いてみた。

「…越前」

同じく箸を手にした手塚部長が咎める声で呼びかけてくる。向かい合って弁当をつつきながらの尋問ってシュールというより間抜けだと思う。

「何スか?」

しれりと返すと深い溜息。静かに箸を置くと、ごく真剣に口を開いた。

「俺が気に入らない、もしくは言いたいことがあるなら言えばいい」
「別に」
「だったら何故こんなことを……」
「蹴りたくなった」

意識せず勝手に遮る。

「蹴りたくなったけど身長差はあるし下手したら自分がこけそうだし妥協案で踏みました」

ただ部長の声を聞いていたくなかったのかもしれない。驚き見つめる表情が珍しいな、これは面白い、頭のどこかでそう思いながら口は動く。だってなんだか本当に、

「アンタ見てると無性に腹が立つんだ、たまに」

思い浮かぶままに投げつけた言葉はそれは見事な成果を発揮してくれた。 まるでビデオの一時停止でも押したように部長の動きが止まる、表情も止まる。 いつも動いてないようなものだと思っていたけどそうでもなかったのか。 少しの驚きと妙な納得を数秒で済ませ、もそもそと昼食を再開する。
再生ボタンを押してやる気は、さらさらない。

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