近似値を埋める 2


「参ったな……意外としつこい」

廃ビル内で密やかに落ちる声は音ではなく、振動伝いに仲間へ届く。
触脚を寄り添わせた高校生二人が説明を受けて同じよう言葉を発する。
追っ手に聞こえないよう打ち合わせる作戦に首を振ったのは仗助だ。

「殴るんならおれや億泰に任せてくれていいんすよ、あいつらスタンド使いじゃねーんだし」
「仗助くん」

静かに目線で言葉を遮る。確かに今回の敵はスタンド使いではない。
残党全部が能力を開花させてはおらず、それでも狙ってくる刺客はそこそこいた。
武器はオーソドックスな拳銃やナイフ。スタンドがあれば怖くもない、と思うだろう。

「彼らはぼくたちを殺しにきている。スタンドは確かに強力だが、人体は脆いよ。そして銃弾は簡単に人の命を奪う」

君に彼らを殺す覚悟はあるか、と言外に問うた。
目を見開いた承太郎の若き叔父は唇を引き結ぶ。

「でもよぉ、それでもおれら三人いるんだぜぇ?」

億泰が発する意味を一瞬図りかね、花京院が瞬く。
気を取り直したように仗助がこくこく頷いた。

「花京院さんは確かにすげー強いし、負けるなんて思ってねぇすよ。でももっと楽に勝てる手伝いはできるぜ!」
「頼ってくれよなぁー!おれたちもあんたのことめちゃくちゃ頼りにしてんだからよぉー!」

今度は花京院が目を瞠る番だった。
なんということか、自分だって同じくらいの年齢であの旅へ向かったのに彼らを侮ってしまうだなんて。

「ありがとう」

静かに笑んで、作戦を練り直すことにした。


***


「いまだ!億泰くん!」
「ザ・ハンド!!」

削り取られた空間により刺客が引き寄せられ、混乱するうちに仗助が叩く。

「ドラァッ!」

二人ほど沈めたところでようやく迎撃に移ろうとするが既に遅い。
張り巡らせた触脚が手首を絡め取り銃を奪った。
待ってましたとばかり高校生組の拳が決まり、のした人数が山になる。
数えながら花京院が首を傾げた。

「五人、だったか?」
「花京院さんッ後ろッ」

仗助が叫ぶ。
視界のあまり良くない地下駐車場跡、暗がりから飛び出てくるのはナイフを持った男。

「なあーんてね」

振り向きざまに不敵に笑う。展開していた結界から繰り出されるのは半径20Mの、

「エメラルドスプラッシュッ!」

近距離からまともに食らった相手が吹き飛び、手からナイフが離れた。
放物線を描いて落ちるのを感慨もなく弾き飛ばそうとし、浮遊する感覚。

「近付かれてんじゃねーか」
「承太郎ッ?!」

片手で軽く抱えられ、庇われたまま見る光景は必要以上のオラオラなラッシュ。
もう気を失っていただろう男はわざわざ覚醒させられ更に痛みを味わう羽目になった。
今度こそ終了した戦闘に駆け寄ってくる若者たち。
心配そうな彼らを安心させる為、微笑んだ。

「二人とも本当にありがとう、助かったよ」
「いやいやいや!花京院さんマジかっけーっす!」

興奮して賞賛する仗助に思わず照れかけて、自分の状態を思い出す。

「承太郎、下ろしてくれないか」

無言で従う巨体からは不服のオーラが滲み出ている。

「過保護…」
「ああ?」

吐き捨てるよう呟くと不機嫌な返事が落ち、高校生二人がおろおろしているうちに承太郎は残党を財団スタッフへ引き渡しに行った。勝手に帰るんじゃねーぞ、と言い残して。

「さて、と」

襟足を掻き上げる仕草で首の後ろを撫で、するりと長袖の端を捲る。
応戦中に軽く痣を作ってしまった。
攻撃を受けたのではなく、避けるために柱にぶつけてしまったのだが怪我は怪我だ。

「自然治癒で問題ない程度で悪いんだが」
「んなことねっすよ!治します!」

掛け声一発、跡形もなく消えた内出血に感嘆する。
何食わぬ顔で、事後処理を済ませる相手と帰った。

戻ってきたホテルの一室。
物言いたげな承太郎に溜息吐いて向き直る。

「疑うなら服を脱ごうか?」
「仗助が治したか」

即答で返るのに内心ぎくりとしつつ、肩を竦めた。

「信用がないな」
「てめーの反応でわかる」

言い切る口調は刺々しい。
廃ビルで助けられてから帰るまで、はっきりと承太郎は不機嫌だった。
しかしそれなら花京院だって機嫌が悪い。

「君は過保護が過ぎる」

言うが早いが伸びてきた手を振り払う。
乾いた音に、承太郎が停止する。

「確かに今のぼくは子供だ。そんなことは一番よく知っているさ」

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