近似値を埋める 3
勢いのままジョセフの部屋へ転がり込んだ花京院はそのまま空いてるベッドを拝借して朝を迎えた。 ルームサービスのモーニングを食べながらどうしたものかと考えていると、散歩に誘われる。 快諾してベビーカーを押す老人と町へ連れ立った。 ジョセフは何も聞かず、花京院と世間話を楽しんでくれた。 サングラスをかけた赤ん坊を見ながら、自分の境遇を思う。 「わしが引き取ろうと思っとるんじゃよ」 なんでもないことのように言う相手に、胸が温かくなる。 名前を考えるから辞書を買ったが、漢字はよくわからん、と愚痴るのにしばらく付き合った。 のんびり歩くうち、現れたのは顔見知りの少年。 「こんにちは!お散歩ですか?」 元気に挨拶してくれる康一に頷くと、彼は自然に二人に加わった。 さりげなく入ってきたけれど、花京院は気付いている。 康一は二人のサポートについたのだ。 老人と外見上の子供ではやはり危ない、杜王町の仲間うちでは互いに互いを補うのが自然だった。 しかし、自分に関しては承太郎の根回しがあることも事実。根拠は億泰がぽろりと零してくれたからだ。 ジョセフや花京院をなるべく孤立させないでくれ、そんな依頼があるのだと。 あの露伴でさえ気が向けばジョセフへ話し掛けているのだから、なかなか優しい包囲網といえる。 ――守られている、わけだ。 意地を張るのが馬鹿馬鹿しくなってホテルへ戻る。 フロントで申請した合鍵で部屋に入り、承太郎が戻るのを待った。 あまりに遅いのでパジャマに着替えて寝室で待っていたところ、日付変更ギリギリで扉が開く。 花京院の姿を認め、表情を動かしたのに深呼吸。 近付いてくる相手を見上げた。 「承太郎、かがんで」 普段はあまり言わない――言うまでもなく相手が合わせてくるので不要だが――要望に少し驚いた様子で承太郎が膝を片方だけ床につける。 絶対拒むことのない彼へ腕を伸ばす。両頬を掌で包んで、瞼あたりへ口付けた。 固まる気配に二度、三度。繰り返してから頭を胸に抱え込む。 「昨日は一人にしてすまない」 手を振り払ったあの瞬間、傷ついた瞳がずっと頭に残っている。 承太郎は子ども扱いなどしていない。ただ、花京院が大切なだけだ。 そんなこと、分かっていたはずなのに。 動かなかった彼が、長く安堵の息を吐く。腕の力を緩めて、今度は唇を重ねた。 目が覚めれば腕の中。いつもの朝に眠い目を瞬き、己を離さぬ相手を見つめる。 穏やかな寝息と、無防備な寝顔。子どもみたいなこの顔を覗ける体勢で三年間だ。 そりゃあ数ヶ月ごとに家族と過ごすけれど、季節の半分は彼と寝ている。 抱き締めて眠るだけ。一日の終わりと始まりを花京院にするために。 一緒に居たのに寝なかったのはもしかして初めてかもしれない。 既に時計は午前十一時、まさか一昨日は寝なかったのではと少し焦る。 まだまだ相互理解には足りない。 なんたって五十日しかなかったのだ。 承太郎が学者になるほど海に興味があるなんて再会して知ったし、二人の関係はこれからも未知数である。 ――だが、それでも。 手を取り合って望む気持ちが同じならば構うまい。 危うげな部分も含めて、愛しく思っているのだから。 ▼余談 「ぼくが一桁のうちに手を出したら軽蔑するからな」 「あと二年か」 「即解禁の計算はやめろ」 「冗談だ」 「疑わしい」 「第二次性徴における、」 「当て身!」 |