夢だっていいじゃない 2


「とにかく!もうダメ!今後一切何があっても一緒には行かないんだからっ」
「って言いながら断れないのよね」
「夏未さあん…」

学校の帰り道、鞄片手に握り拳の春奈に先輩の容赦ない一言。
ひとつ上の夏未は、大学生。去年卒業してからも、時間の合うときはちょくちょくお茶をしたり仲良くさせてもらっている。
くすくす笑う様子に情けない声を上げつつも、その通りだから反論が難しい。
肩を竦めたところで、自宅の玄関先に人影を発見。
上品な格好のご婦人は春奈を見るとにっこりと微笑んだ。

「あら、春奈ちゃん!」
「あ、おば様、お久しぶりです」
「有人さん、ご在宅かしら」
「はい、多分」

挨拶もそこそこに屋敷へ進んでいくのを見送って、夏未が首を傾げる。

「ご親戚の方?」
「死んだ父方の祖母のいとこの娘さんがお嫁にいった先のご主人の弟の奥さんです」
「……かなり遠いのではなくて?」
「そうかもしれませんね、でも」

思わず続きかけた言葉を慌てて飲み込んだ。
この家に来るまで会ったことのない人、それだけの、はなし。


「どうだっていいってわけにはいかない、か」
「このままでは無くなられたおばあさまにもご両親にも申し訳が立たないでしょう!ってところ?」
「鋭いな春奈」

ふ、と笑う口元につられてみる。
予想通りの用件だったおば様はとっても豪華なお見合い写真を置いていってくれたみたいだ。

「ふうん」

開いた中には、清楚な美人さん。これは本当に綺麗な人だ。

「なかなかよさそうな人じゃない」

写真から視線を上げて兄を見れば、なんだか難しい顔で一人ごちる。

「春奈が一人前になるまで自分のことなんて考える余裕は」
「そういう言い訳はよくないわ、お兄ちゃん」

わざと呼び方を変えた語尾はゆっくりと。閉じた写真を手渡せば目の前の相手が口篭る。

「それにもし私が一生一人前になれずこの家にいたらどうするの。ずっと独身で私の面倒でも見てくれるの?」

指を立ててじっと見つめること数秒。眉間のブリッジを押さえる仕草と共に、重々しく言葉を落とす。

「お前がそこまで言うなら一度あってみよう。ただし、ひとつだけ条件がある」
「…まさか」
「そのまさかだ」

口元が上がる、この表情。こんな時の兄は、敵に回さない方がいい。



「はじめまして」
「まあ、なんてお美しい方。ねえ有人さん」
「はい、本当に」

ありえない。春奈の頭を回るのはその台詞のみ。
まさか、まさか見合いの席にまでついてくることになるとは思わなかった。

『付き添いは普通親だが、この場合は不可能だ。つまり、当然唯一の家族である春奈がいくべきだな』

――本当にばか!何が当然よ!28にもなってまだ付き添いがいるっていうの!?

お願いだからお見合いでまでお相手さんを呆れさせることなんてしないで欲しい。
心中で溜め息をつきながら、そっと女性の方を窺ってみる。目が合ってしまい、焦るもつかの間。
ふんわり、ほころぶように微笑みかけられてなんだか恥ずかしい。
写真よりもずっと綺麗で雰囲気が優しい相手に安心する。
こんな美人さんって本当にいるのね、なんて思っている間に話が進む。

「それじゃあいつまでもこうしててもなんですから、お二人で近くの公園でも散策したらいかがかしら」
「なら、春奈も一緒に来るといい」

――だからあ!!

思わず机を叩き付けたい衝動に駆られつつ、お相手さんを見ると微笑ましく笑っていらっしゃる。
よかった、まだ望みはある。そう信じたい気持ちで胸元を押さえた。

――ああ、どうかうちの兄を見捨てないでください。この行き過ぎた保護者っぷりはさておき、真面目で本当にいい人なんです。

祈るような気持ちでお開きとなったお見合いは、意外と好調なお付き合いに繋がった。
相変わらずデートは同伴だけど、嫌な顔ひとつせずにいつでもにっこり。
遊びに来るたびに春奈へお土産までくれるので、頭の下がるばかりの日々。
これはもしかしたらもしかして、兄にやっと春がくるかもしれない。

そんなこんなで三月に突入、順調な交際は続いていて、自身の受験も滞りなく。

「それじゃ、もう大学の試験はお済みになったのね」
「はい、結果はどうあれやるだけはやりました!」

ガッツポーズを決めて見せるとお姉さんになるかもしれない人は柔らかく笑ってくれる。
ぽつぽつ取りとめもなく会話をするうち、ふと真面目な顔で口を開いた。

「…あのね、春奈さん」
「はい?」
「わたくし、前から一度貴方にお話したいことが…」

聞かされた内容は、把握するまで少し、かかった。


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