目隠し鬼隠し どちらまで? 2


「ただいまー」
「おかえり」

リビングの電気が点いていたので居るとは思ったが、部活もなく帰った日にかち合うと不思議な感じがする。
若きやり手と噂の社長様は忙しい割になるべく夕食を共にするマメさを発揮した。 本人曰く、毎日オーバーワークしてたら死んじゃうよ、とのことだがどこまで本気かはわからない。 休日出勤や急な呼び出しも当たり前、ただ休みと決めたらてこでも動かない頑固さもある。 進路相談および三社面談は瞳子や緑川と予定を回して誰かしら必ず付き添ってくれた。 共同生活を始めたばかりの頃は、家を空ける期間が長い時に会社から誰かが様子を見に来たりする徹底ぶりで、 さすがにそこまでしなくていいから、と過保護に拍車がかかるのを差し止めた。 すると今度は帰りが遅くなる日にヒロトからメール、そして夜に電話が掛かってくるようになった。 あまり一人にはしたくない、そんな気遣いなんだろう。 お日さま園の家族はとても温かく思える反面、一人立ちさせてもらえるのか疑問が生じる。

自分は扱いづらい子供だった。
今が子供じゃないなんて威張れるほど成熟もしてないけれど、昔に比べれば遥かにマシだ。
壁を作って接触を拒否し、一人で延々とボールを蹴る。無視にもめげず何度も声をかけてきたのはヒロトだった。

――サッカーは、好き?

返事もしない自分に笑いかけ、時間を作っては構ってくる。 一人でボールを蹴るより誰かとやるほうが当たり前だけど楽しい訳で、それを理由に少しだけ入口を開く。 蓋を開ければサッカー経験者の多かったお日さま園は休日ともなれば誰かしら子供たちを誘ってはしゃぎ回ることとなり、 中学に入る頃には大人たちに随分と気に入られてしまっていた。 興味が出れば情報も入る、彼らがイナズマジャパンだったり世界大会で競い合ったりしていたのはすぐに知った。 園では皆、ヒロトとしか呼ばないから、昔の情報を見るまで気付かなかったことがひとつ。 苗字が、違う。考えてみれば、何かしら事情があって当然だ。自分たちはそうやって集まった家族なのだから。 詮索はしないつもりでいた。

「そっか、狩屋ももう高校三年生かあ…」
「おじさんくさいよ、その発言」
「ぐさりときた、いま凄く傷付いたよ俺」

大袈裟に胸を押さえるヒロトを胡散臭げに見やる。 終始よく分からないノリの保護者は即復活して夕飯の準備を続行している。 ヒロトは社長の癖にやけに庶民派だった。 もしくは外食は仕事上で飽きてしまったのか、この家での食事は律儀に当番制だ。 調理実習くらいしか経験のない同年代男子に比べて自分は随分と家庭的なことだろう。 もっとも、凝ったものなど作れるわけじゃなく、普通に食べられる程度だけれど。 ジャンクフードにも寛容なので、ピザを注文したりする時もある。 食器を並べながら二年間を思い起こし、慣れとは妙なものだとひとりごちた。

「行きたいところによるからあんまり言えないんだけど、大学もここから通っていいからね」

何の前触れもなく出てきた発言に、箸でつまんだ里芋の煮っ転がしを思わず器に落とす。
小鉢からヒロトへ視線を向けると、穏やかな笑顔で迎え撃つ相手。

「狩屋は遠慮しそうだから今のうちにと思って」

今日の今日でこれとは、霧野と共謀でもしてるんじゃないか疑惑が持ち上がる。
間違ってもそんなはずはなく、ただただ自分に甘い事実だけが綺麗に残った。

「そんなだから彼女もできないんだよ」
「あはは、仕事が恋人です」

苦し紛れに呟いた言葉は、それこそ軽く笑い飛ばされる。
釈然としない気持ちで味噌汁を啜った。

ヒロトがいきなりそれを口にしたのは、中学三年生の時。
こっそり見るのが癖になってしまったイナズマジャパンの試合を再生していたら、運悪く本人が訪れた。
色んな要因が重なっての二人きり、気にするでもなく隣に座った相手は懐かしげに画面を眺める。
気まずい沈黙は自分だけ。無言で試合を見守る中、ぽつりと声が落ちた。

「昔話、しようか」

それは、荒唐無稽な話だった。信じる信じないで言えば後者に当たるが、ネタだと笑い飛ばすにはあまりに重みがありすぎる。 競い合った子供たち、その理由。ヒロト、という名前の意味。 いま現在、普通に笑い合っている皆の胸にどのような残り方をしているのかマサキには推し量ることも出来ない。 どうして自分にそんなことを語ったのか、問うこともできず、ただ聞いた。その時の横顔を、ずっと覚えている。 大人だと思ったその人は、もしかしたら違ったのかもしれない、と。

いつの間にか転寝をしていたらしい。クッションへ埋もれながら軽く身動ぎする。 起きるのが少し面倒くさい、でもいつまでもごろごろしてるのも頭が痛くなりそうだ。 寝起きのぼんやりした思考で転がっていると、唐突に触れてくる体温。 まったく気付かなかったというか、想定もしていなかった。掌が撫でている事実に一瞬感覚が混乱した。 別にそれくらい珍しいこともない、しかしこの状態だとやけに恥ずかしいような気がするのは何故だろうか。 これは目を開けられない、と硬直してしまったマサキを知りもせず、ヒロトがしみじみと呟いた。

「大きくなったなあ…」

浮ついていた頭が瞬時に冷える。何が、というなら、なんだろう。
優しく撫でるその手つきは慈しむ以外の何でもなく、そもそも変な期待を持つのがおかしい訳で。
勝手に照れて勝手にテンパって、自分はなんて滑稽なのか。
発言に含まれた保護者としての温かい感情がここまで辛いなんて、酷く情けない話だ。
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