目隠し鬼隠し どちらまで? 1


高校生になれば、世界が変わると思っていた。
義務教育までの価値観なんてやっぱり狭くて、自分で選んで受験して進んでいけば 違ったものが見えてくるのだろう、と。 別に自ら離れようとか考えて進んだ訳ではないけれど、結果として同学年の友人―― 平たく言えばサッカー部のいつものメンバーとは志望校が割れた。自分だけ、ではなく幾らか小分けに。 住んでいる地域の校区というものもある、通いやすさと学力を鑑みればそれなりに別れるのも当然かもしれない。
それもそれで、と感慨もないつもりで進学してマサキはそれが間違いだったことに気付く。

「何で同じ学校なんですか!」
「二年生にもなって何を今更」

勢いに任せて机を叩くと冷静な答えを頂いた。
委員会まで一緒になってつるむ頻度が中学よりも増した気がする先輩は顔に似合わず剛毅な性格だ。
放課後の図書室でカード整理、地味な作業はどうでもいいことを考えてしまって宜しくない。 利用者がいないので少しばかり大きな声を出しても特に咎める人はおらず、 だからといって騒ぎたい訳でもないので大人しく作業を再開する。

「受験する前から知ってただろーが」
「一番近かったんですよ、ここが」
「お前の保護者んちからな」
「ぐ、」

手元から目線を逸らさずに言う相手に同じく返すと容赦のないツッコミ。 思わず詰まると笑う気配。恨みがましげな視線を送ると人の悪い笑みが浮かんだ。 外見と中身のギャップは嫌な方向に発揮すべきじゃないとこの先輩を見て何度思ったことか。 分散した雷門イレブンの進路の中で、何故か自分とかち合ってしまったのがこの霧野だった。
園を出る準備をしようとぼんやり考え出したのは中二の終わり頃で、とりあえず寮のある高校を探した。
あまり離れすぎない場所、という瞳子の条件に従って選んだ高校は記憶の片隅に引っかかる名で、 もしやと思いつつそういえばそうだったと資料を取り寄せてから気付いたオチである。 そうと分かってからの霧野の上機嫌は凄まじく、それはもう絡まれた。 先輩と一緒なんて頼もしいね、なんて暢気なことを言ってくれた天馬はサッカーのことしか考えてないんじゃないか。 無事に合格し、部活も入って過ごすこと二年、同年代より結局一番話しているのが霧野なのはどうなんだろうと思わないこともない。

寮生活を最初に打診した時、瞳子は反対もせずあっさり承諾してくれた。
が、しかし、偶然訪れていたある人物が資料を見て、こともあろうに言ったのだ。

「ここなら俺のところからも通えるよ」

鶴の一声、まさかの展開。 一人暮らしの予習ならそれもありだろう、と自分を置いて話が妙な方向に転んでいった。
炊事洗濯に掃除、園にいた頃から手伝い程度にはやっていたそれを習慣へ。
バイトはしても構わないけど学生生活を楽しんで欲しいから、むしろ違う部分で頑張りなさいと渡されたのは収支計算ノート。 一ヶ月のお小遣いのやりくりを仔細にチェックされ――何を買ったかの詳細は問われないが無駄遣いは即バレる―― 緑川のチェックが入るという手の込みよう。月々の公共料金、携帯の通信料、その他諸々の仮定で軽いテストまでされた。 おかげさまで一人暮らしを始めても家計簿は完璧になる気がする。スキルとしてはありがたいが何かが違う、とさすがに思う。 そんなこんなで厳しいんだか甘いんだか分からない生活は存外楽しい。

自分を取り巻く環境は確かに変わった。
家だった場所から出て、転がり込んだのは十歳年上の知り合いの元。
知り合い、なんて言い方をすれば訂正される。家族だよ、なんて優しい声音で。
否定でも照れでもない、自分だってそう思っている。そう思っている、けれど。

「高校に入れば女の子に恋するフラグがあると信じていたこともありました」
「人の心を実況しないでください!」

再度叩き付けた机、手のひらが痛い。
流暢に謡うようなナレーションをしてくれた先輩は、笑みから真顔に変えてこちらを向き直った。

「狩屋、ひとつ言っておく」
「な、なんですか」
「刷り込みからは、逃れられないぞ」
「説得力ありすぎて嫌です…」

よりによってあんたが言うのか、そんな気持ちを込めに込めて口にする。
そう、逃げ道を、逃げ場を考えていたのだ。 これがよくある思春期の間違いとかそういうやつで、高校に上がって少しばかり世界が広がれば何か変化するんじゃないかと。
結果は惨敗、それどころか該当者の心遣いのせいで悪化してしまった。最初に断らなかった自分もだいぶ悪い。
負けしか見えないルートを進み続ける罰ゲームはいつまで続ければいいのか知れない。
思考に沈んだマサキの頭へ軽い感触、ぽんと置かれた先輩の手。

「ま、冗談はさておき。いいじゃないか、今は子供でも」
「え」
「お前への甘さから言って大学まではかたいだろ、居座るの。長期戦でいけ」

身も蓋もないような激励は実に霧野らしかった。
すごく面倒くさいことに、唯一の雷門時代からの知り合いとしてヒロトがいたく気に入ってしまい、 二人はメアド交換も済ませた仲だったりする。家にも来た、何かあれば相互連絡される鉄壁ぶりだ。
自分から口にはしていないのになし崩しにバレたというか察してきたというか、 とにかく過保護なこの先輩は余計な口出しをするでもなくずっとこんな調子なのだ。

「……霧野先輩は、」
「ん?」
「なんで、一緒のとこにしなかったんですか」

軽く撫でていた手が止まる。瞬いて、少しだけ言葉を選ぶ間。

「進路って、自分で決めることだろ。俺は見据える先が違うからって、神童と離れるとは思ってない」
「羨ましい限りですね」
「ああ」

嫌味でもなんでもなく言った台詞をそのまま受け止め、いっそ誇らしげに相手は笑う。
ぐしゃぐしゃと頭をかき回された。

「だからお前の相談くらいは聞いてやるぞ」

そうやって二年、そう、二年。本当の本当に自分に甘い。
もう自由登校の始まりそうな三学期、最上級生は何もかもとっくに引退だった。

「卒業式は泣くなよ」
「泣きません」

俯きかけて届いた言葉、被せて否定すると笑いが響く。
下校の放送が感傷的な気分を高まらせた。
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