意義


二人でかざした光を受けて、紋章の力はおさまった。太陽の黎明と、水鳥の、黄昏。掠れた笑い声が落ちる。

「はは…は、そういうこと、だったのか。黎明と黄昏を合わせて、止める、ね」
「伯母上!」
「水鳥様っ!しっかりしてください!」

傾いだ彼女の身体を太陽と天馬で受け止める。地面にゆっくりと寝かせかけた途端、手の甲から光があふれ出した。橙の輝きは水鳥から離れ、支える天馬の手へと降りる。

「紋章が……なんで、俺に」

黄昏の紋章は今はっきり持ち主を選んだのだ。

「あはは、あたしはもういらないってか…!薄情なもんだね…」
「伯母上っ」

笑い声が痛々しい。生気の感じられない音はこんなにも胸を穿つのかと太陽は歯を食いしばる。呼びかけた甥の肩を掴み、彼女はそれでも強く睨みつける。

「何を、やってんだよ…裏切り者なんかほっといて早く行け……きなが、待ってる」
「そんな…」
「お前ら、ここまで何しに来た…っ!きなを助ける為だろっ!」

触れる肉親の体温が辛い。動けもしないうちに、数人の足音が耳へ届く。とても近いそれはすぐ辿り着いた。

「冬花さん!こっちです、急いで!」
「ここは私に任せて!」

貴志部が冬花を先導し石畳を走る。水鳥を認めると、医師はすぐさまその場へ膝を突いた。天馬が頷いて立ち上がる。太陽はまだ、動けない。一緒に来ていた軍師は王子を、指揮官を呼んだ。

「王子。紋章の脅威がない今こそ、ソルファレナに突入する好機だ。作戦の指揮を頼む」
「でも伯母上がっ」
「太陽!」

肩を掴む指の力。弱々しいそれと見つめる視線。何もかもを、飲み込んだ。

「……はい、やります」
「姫様と紋章を他の場所へ移される前に、急いで」

軍師に頷き、天馬と共に走り出す。二人の足音が遠ざかってから、水鳥が口を開く。

「強情、だね……やっと行った」

処置を進める冬花を見やり、殊更穏やかに受け入れる。

「いいよ、もうわかってるから」
「そんな…」

両手を握る医師へ微笑み、自分を見るアフロディへ視線を向けた。彼は静かに屈みこんで、言葉を捜すよう水鳥を見つめる。

「貴方は……」
「なんだいその顔、全てわかってますみたいな面しやがってよ」

は、と息を零す顔は白い。語りかける声からは力が抜けていっている。

「お前、あいつに、太陽に、元老の粛清ができると思うか…?」
「そうだね、でも、その理屈は――」
「ははっ、しょうがねーよ。あたしは……お前より頭悪ぃんだ。他に、方法なんて……」

敵と同じだ、正論の指摘を笑い飛ばす。水鳥は変わらない、最初から最後まで、ずっと太陽と黄名子のことを考えていたのだ。黄名子だけ救い出して戦争を終えても、腐った元老が居る限り繰り返す。それを根絶やすことこそ、彼女の目的。アルファは太陽が倒すだろう、ではもう片方は?私欲にまみれ、女王に背き、夏未があの紋章を宿すことになった原因は誰が罰するのか。答えは簡単だった、王子と関係ない敵として、手を下した。

「…なあ、あ、あいつのこと、頼む、よ」

縋るように腕へ伸びる指、軍師は穏やかに言った。

「二度目だよ、それは」
「は…っ、ほんとうに、やな、やつ」

笑いが途切れ、眠るように目を閉じる。穏やかな、顔だ。
アフロディの手が己の胸元を掴む。衣服へ皺を作り、悲しげに呟く。

「僕が王子の役に立てるのはあと少しの時間だけ……傍にいるべきは、貴方なのに」
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