sick! sick! sick! 2


「ほら、これ飲んで」

押し付けられたのは清涼飲料水、レモンの味がする。
そういえば水分も寝起きになんとか取った程度、喉も渇くはずだ。
半分ほど飲み終えるのを見て倉間が安心した息を吐く。

「なんか食えます?てか食ってませんよね、薬飲めませんよ」

答えを待たず、慌しくキッチンへ向かう。
ふと気付くと額はタオルではなく冷却ジェルシートが貼られている。少し意識の飛んだ間に変えたらしい。
体勢を変えづらいのは辛かったので感謝して寝返りを打つ。
同じ空間に誰かがいる、それだけで随分気持ちが落ち着いた。誰かも何も、安堵の原因は直結でしかないが。

「南沢さん」

遠慮がちな声がかかる。背中を向ける形になった為、寝ていると思ったのかもしれない。
起きてる、と小さく言うと身体を起こせるかと聞いてくる。

「たぶん」
「じゃあ頑張ってください」

優しいのか厳しいのかよく分からない応対にのろのろ起き上がる。
壁と枕を背に凭れかかると、何処から上手いこと見つけたのか大き目のトレイが膝に置かれた。
茶碗によそわれた白い湯気の立つ、お粥だった。レンゲに水に、机上に放置していた薬までついている。

「全部食えとか言わないんで」

思わずじっと見る自分を動けないと思ったのか、レンゲを手に持たせてきた。

「胃に入れてから薬飲んで、寝てください」

一度瞬いて口を開く。

「食べさせてくれんなら」
「元気みたいですね、さっさと食え」

薄く笑った倉間の目が笑っていない。

結局完食は出来なかったものの、八割がた口にして大人しく薬を飲んだ。
再度横になるのを見届けて席を立ち、戻ってきた相手がペットボトルをベッドサイドへ。

「一応、ストローも置いとくんで」

タオルにくるまれた清涼飲料水、水滴で周りが濡れないための配慮だろう。
随分至れり尽くせりだと最早他人事のように思いながら襲ってくる眠気にまどろみ始める。
心地良いぶん、目覚めた時を考えたくないが、意識は眠りへ向かっている。
覗き込む倉間をぼんやり見ると、ひそめた声で言った。

「ちょっと出てきます」

寝ててくださいね、と言い置いて静かに歩いていく。
そもそも今は何時なのか、そして倉間はいつ帰るつもりなのか。
疑問も思考もそのまま意識と一緒に飲まれていった。

額の髪を撫ぜる感触、うっすらと浮上するような感覚に瞼を緩く開ける。
視界が暗い、随分と眠っていたのかもしれない。伸びていた指がぴくりと止まった。

「起こしました?」
「なんでいんの、おまえ」

反射的に呟いた声は頼りなく掠れた。

「随分ですね」

看病してんのに、笑う音は驚くほどに優しくて、夢だと思い至る。
これはまた、都合のいい。それならば、と手を伸ばした。

「くらま、」

そっと握り返される温度がやけにリアルで、笑い返してもう一度眠った。
夢の中で寝るなんて、と思ったけれど抗えなかった。

朝の光と音、雀の鳴き声は意外と響くといつも思う。
ゆっくり目を開けて、天井を見る。鈍い頭痛、身体のだるさは相変わらずだが、熱はだいぶ引いたようだ。
右手を動かす、勿論何も握ってはいない。夢の中の感触を思い出して、息を吐く。さすがに自分が女々しい。
とりあえず水分を取ることにしよう、身体を起こしたところでキッチン側から顔が覗いた。

「おはようございます」
「は?え?」

すたすた近づいてくる倉間が冷却の意味のなくなったジェルシートを無造作に剥がす。少し痛い。

「アンタほっとくと治りそうにないんでちょっと泊まりますね」

事も無げに言う相手に絶句した。
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