組み立て意識の取り扱い 4


予想外な解決をしてしまった記憶騒動は、 落ち着いたのちにカミングアウトしたところ、ふーん、の一言で終了された。 もっと引くだとか呆れるだとかあると思ったのだが、そんなことより無視を謝れと一蹴。
悩んでいたのが馬鹿馬鹿しく、なった。

「あー、やりてーな」

文字通り開き直った倉間はサッカーに対しても隠すのをやめた。
そもそも話題を出しまくっていた時点で今更という形ではあるが、認めてしまうとエスカレートする。
宿題を終えて机でうだうだし始めた倉間を一瞥し、おもむろに南沢が口を開いた。

「…やる?」

詰まれた雑誌の陰に隠れて、取り出されたのはサッカーボール。
目を瞬く。

「ボールとか持ってたんすか」
「近所から借りた」
「まじで!」
「俺は割と優しいお兄さんだぞ?」
「ぶは、わりと」

破顔する倉間にデコピンが飛ぶ。 大して痛くもない制裁の後にキスが落ち、肩を叩かれる。
連れ立って開けた場所へ向かった。

河川敷のグラウンド、中途半端な時間だからか誰もいない。
思う存分ボールを蹴って、走って飛んで、シュートする。 久しぶりのサッカーに倉間のテンションは最高潮だ。

「やっべ、超楽しい」

汗を掻いて荒い息、座り込んで笑い合う。 付き合ってくれた南沢も楽しそうだ。

「俺らすげくないすか!」
「サッカー部でも入るか」
「二年の終わり頃とか、つーかサッカー部ねーっすようち」

興奮した自分にまんざらでもない様子の相手。軽口に、ひひひと笑い、サッカーボールを手に取った。
想いが、零れる。

「それに俺、南沢さんとやるから楽しいし」
「じゃあ、一緒にやる?」

覗き込む瞳が探るよう。息を飲む。

「ど、こで」

言葉の途切れたのち、にこー、と相手が微笑んだ。

「お前が死ぬ気で頑張るとか」
「だから無理ゲーっつってんだろ」

再度の勧誘は早々に却下した。
模試まで一位を取るような男の学校に誰が行けるものか。

気晴らしを兼ねたサッカーは日常化し、帰宅部と受験生の活用法を間違っている気がしながらも ちょくちょくボールを蹴るようになる。 二月も中盤を過ぎ、いよいよ受験も卒業も差し迫る中、余裕の態度で自分との時間を作る南沢が不思議でならない。
重ねているから、という後ろめたさも最近は消えつつある。 そもそも感情を持った後に掘り出された記憶でどうこうもなかったのだ。 軽くボールをあしらう姿を、口元を緩めて胸に刻む。

――言うようになったじゃないか。頑張れよ。

頭を激痛が襲った。

「倉間!」

その場に崩れ落ちると同時、相手が駆け寄ってくる。 痛いのに身体の感覚が怪しい、抱きとめられたのだと体温で知る。 今までで一番酷いフラッシュバックだ、流れ込む映像が止まらない、処理が出来ない。

「落ち着け、息吸え」

冷静な声が耳に届く、背中を撫でる手に意識をかろうじて保ち、必死に息を吸った。
吸って、吐いて、込み上げる気持ち悪さをなんとか逃がそうとする。

「フラッシュバックはどんどん量が多くなる。頭ん中かき回すし、それが本当だって訴えかけてくる。
意味わかんねーよな、しんどいよな」

気遣う口調、優しい語りかけ。それは自分へ向けられつつも、実感のこもった何か。
少しずつ治まっていく吐き気とは逆に、違うものが膨らんでいく。それは、違和感。

「近頃感覚が前に戻ってる気がする。こっちじゃ運動なんか気休め程度なのに」
「みなみ、さわさ…?」

続いた独り言がおかしい。整いきらない呼吸のまま、名前を呼ぶ。
少しぼんやりした視界の中で、静かな笑みが浮かんだ。

「そろそろリミットなんだろうな、俺にとっての本当が多くなり始めたし」
「なに、いって」

額の髪を撫ぜられる。一度目を閉じてから、相手は言った。

「俺は全部覚えてる」

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