組み立て意識の取り扱い 3 数日間、避けに避けた。元々、合間を縫っていたのだからやろうと思えば簡単な話だ。 去年もこんなことをやっていたなと自嘲する。しかしあの時とは話がまるで違う。 メールを返さない、電話も出ない。情報のなかった過去ならまだしも既に付き合いは密だった。 繋がりを無視する逃げ方が上手くいくなんてことがあるわけもなく、 四日目の放課後、ついに痺れを切らした南沢に連行されることになる。 慄くほど外面のいい先輩は可愛がっている後輩を迎えに来たというていで実にスマートな手口を見せた。 教室から押さえられては抵抗も出来ず、これまた日頃の態度の功績で先生から借り受けた自習室の鍵が光る。 扉を閉めて、内側からロック。特別棟の放課後は静かだ、なかなか人も通らない。 「で?言い訳は?」 「別に」 「別に、で俺のこと無視すんの」 切り出した問いは直球、苛立ちが明らかに見て取れる。表向きの笑顔は消え失せてさっぱり見当たらない。 不機嫌な表情、当たり前だ、と思う。だが自分にもどうしようもなかった。 こんな顔を、よく見た。記憶の中で。行き場のない、やり場のないあの時間。 すれ違う距離、視線はあっさりと外された。 「アンタだって、俺のこと、無視して…っ」 口にして思わず手で唇を押さえる。 そんなことはこの人は知らない、全て自分の本当か分からない情報の中の出来事で、妄想といっても過言じゃない。 でも胸の痛みも辛さも後悔も真実のように襲い掛かり、何度も何度も苛んだ。 泣きそうになるのをぐっと堪え、ふいに脳内に落ちる柔らかな、声。 ――ありがとう わだかまりの解けたあの日、誇らしげな後ろ姿。 憧れていた、目標だった、隣に在ることを許されたはずの自分だけの最上。 再度向かい合った激励の試合、抱えるものもなく駆け寄った対話。 確かに、飲み下した。 笑いが零れる。くだらなくて声が揺れる。 「そっか、俺はアンタを諦めたんだ」 高める相手が自分ではないと受け入れた。 それは絶望に近かったけれど、内に落とせばすんなりと、溶けるように意識へ馴染む。 かの人のいない風景を懐かしむのはやめた、はずだ。 それがなんだ、サッカーもないのに追いかけて、甘えて、居場所を獲得するなんて。 滑稽な現状に口元が歪む。無理やり引き締めるようにして、立ち上がる。 「すんません、帰ります」 南沢が見られない、顔を合わせず横を通る。 掴まれる、腕。 「……行かせると、思うか」 低い脅しは、引き戻す力強さと直結した。 向き直された身体が相手へ凭れ込みそうになり寸でで踏み留まる。 睨む視線は底冷えする怒りを宿す。見れないのに突き刺さった。 「さっき、何言った」 静かに首を振る。 「お前は何を自己完結してるんだ」 「離して下さい」 「断る」 「離せ!」 「倉間!」 硬い声に固い態度、腕だけでなく肩も押さえられる。 切羽詰った叫びに呼び名が被った。ふいに涙が膜を張る。 頭を振って声を張り上げた。 「っでもわかるんです違うんです、これは俺の知ってる日常じゃないしアンタも知ってるアンタじゃない! マジでわかんないんすよ、頭ん中ぐちゃぐちゃで、俺は、ほんとはアンタが好きなんじゃなくて、」 「俺だろ」 遮る、迷いのない言葉。目を見開いて相手を見た。 「お前が好きなのは俺だ」 真剣な声音、まっすぐ見つめてくる表情。 腕を離し、肩の手はそのままに頬へ触れて、尚も告げる。 「俺だ」 揺るがない意思、言い聞かせる、瞳。 涙が一筋、伝った。 「すき、です」 相手の服へ、指を伸ばす。 「南沢さんが、ずっと…」 震える音は、弱々しく。掴んだ力は縋るよう。 聞き届けた相手は柔らかく微笑み、掌で頬を撫でて囁く。 「好きだよ」 「南沢、さん、みなみさわさん、」 あふれ出した涙は止まることなく、名前を呼びながらしゃくり上げた。 途切れ途切れになりながらも繰り返される呼び掛けに愛しげな声が返る。 「俺はお前を離さない」 |