手のひらの恋を謳う 2


「南沢さーん!飲んでます?」
「テンプレできたな」

連絡を一方的に断ったまま――倉間からも特に何もなかったあたり、そういうことなんだと思うことにした―― 同窓会当日となり、何の因果か隣になってしまったのを決死の思いで流した。 そもそも倉間が若干遅いのが悪い、むしろ自分の隣を普通に空けるなと言いたい。 片方は三国が座っていたからはぶられた訳でも何でもないが、気まずいことこの上なかった。
乾杯の音頭から一気に無礼講、そもそもそんな気難しい集団でもなければ遠慮も無に近い。 最初に座った席の意味はどこだというくらい自由な空間と化していた。 同年代で戯れていた浜野が、ふと自分を見つけて寄ってくる。
まーまー一杯、だの注いでくるビールを受けながら適当に答えた。

「いや俺もオリジナリティを出したいのはマウンテンマウンテンなんすけどね」
「やまやまな。無駄なツッコミさせんな」

くだらないボケに対応して口をつける。目を輝かせる浜野。

「南沢さんマジやっさしー!!速水と倉間なら総スルーっすよ!」
「ああ、無視すれば良かったと今まさに思った」

酔ってても酔ってなくてもたちが悪い。淡々とげんなりしてみせるとけらけらと笑い出す。
このお調子者も大概変わらないと溜息をつきたい気持ちになり、八つ当たりのように問いかけた。

「お前だろ、倉間に連絡させたの」

ぱちくり、言われたことを反する間。ビールの泡を飲み込んで、思い出す素振りからいっそ大袈裟な声が上がる。

「あー…、あー、あー。疎遠だったんですよね!聞きました!まじで?!ごめんごめん!みたいな」
「…あのな」
「だって南沢さんは倉間が呼んだらくると思ったんで」

絶句。呆れを含ませた言葉は止まり、当然のように笑う浜野の言葉がリフレインする。

「なんだその根拠」
「勘です」

へへー、とグラスをあおる相手は揶揄も何もない。ただ自然に、心からそう思い、口にしているのだ。

「ま、実際倉間も楽しそうでしたもん。マジ中学に戻ったみたいで」

頭を金槌で殴られたようだった。 フラッシュバックする、いつかの放課後。
友人とはしゃぎ、楽しみ、自分を慕う倉間の態度。
いま、この時間、この空間。それは限りない再現だった。
笑顔の絶えない優しい世界、大切な大切な汚れを知らない、愛しい――…

仕舞い込んだ過去の残像、必死に押し留めたあの記憶。
タイミングだった、何故かその日は二人になった。
別に、待っていろなんて言ったことはない。 いつもじゃないし、倉間だって帰る時はさらっと帰る。
ただ、自分が少し遅くて、なんとなく倉間がまだ残っていて、それだけの、話。
覗いた部屋で、その後輩は寝ていた。 疲れているならそれこそ帰っていればいいのに、仕方ない奴だと肩へ触れた。 揺り起こそうとして、髪に隠れた寝顔をそっと見つめる。 壊れ物を扱うみたいに、指で髪の毛をよけていく。寝息に少しの音が混じり、鼓動が跳ねた。 ゆっくり、ゆっくりと、梳く動き。穏やかな寝顔は起きる気配がない。

「ん……」

少し零れた声にびくりと震える。寝入ったままだ。 薄く開いた唇。思わず喉を鳴らし、静かに顔を寄せていった。
掠めて触れる、体温が恋しくて僅か押し付けた。 確かな感触、瞬間頭が冷え、その場から飛び退る。 机にぶつからないのが幸いして倉間は起きない。相変わらず規則正しい寝息をたてる相手を見やり、口元に手のひらを。

「さい、てい、だ」

気付かない振りをしていた、親愛だと、好ましいだけだと誤魔化していた。
自分が何を望んでいるかを思い知り、しばらく動くことも出来なかった。

映画のフィルムのように再生された映像は胸を抉り、友人の輪へと戻る浜野、いや、その先の倉間を視界に捉え、
ぐらぐらと思考が揺れる。
戻ったみたいだなんて、とんでもない。
それはつまり、惨めったらしい感情の再演で、浅ましい期待の成れの果てだ。

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