手のひらの恋を謳う 3


宴は幕引き、解散と二次会で別れる中、覚悟を決めて肩を叩く。

「途中まで」

終わらせなければいけない、これ以上みっともなくもがいてしまう前に。
強張った表情で振り返った倉間を見て、少しだけ安堵した。
偶像は、もういらない。

無言の帰り道、考えてみればどこから切り出したものかと悩むうち、相手が痺れを切らしたようだ。

「なんか、あんじゃないすか」
「喧嘩かよ」

笑ってしまう。この期に及んで、こんな倉間の反応にさえ喜ぶ自分。
わかりやすいのだ、とても。言いたいことがあるならさっさとしろと、表情から態度から滲み出ている。
温かな何かを流すように視線を巡らせ、観念して口にした。

「気付かれたかと思ったけど」
「なにが」
「俺、お前に片思いしてた」

見開く瞳。硬直する相手。
空気が、空間が、固まったように見えた。
これで何もかも終いだと思うと吹っ切れる。

「超青春」

自分でも驚くくらい穏やかな響き。
微笑むのは演技じゃないし無理でもない、洗い流された気分で足を動かす。
くい、と、掴まれたのは、袖。状況を理解する前に倉間が言う。

「おれ、また南沢さんと会いたいです」

頭が真っ白になる。まっすぐ、ただ曇りなく見つめてくるのは純粋な視線で。
削ぎ落としたはずの感情がふつふつとまたわきあがってきてしまう。

――それは違う、それは絶対にありえない。

首を振っても倉間は引かず、むしろ怒ったように言葉をつのらせる。
どうしてやめない、どうして終わらせてくれないのか。
粉々に砕いて埋め立てたものを、川の流れに捨てたものを、拾い上げる意味などあるはずが。

「引きずるのはよくないなーって思うわけ」

手首を掴む力は強い。振り解けない自分の弱さに腹が立つ。

「そーゆーのいいんで、今の話が聞きたいんすけど」

不機嫌な声。そうか、怒っているのかと思いはするがそもそもおかしいのだ、この状況すべて。
誤魔化すのは当たり前、でなければ壊れてしまうのだから。

「久々だからテンション上がってるだけだって」
「俺は!アンタがいいんだよ!」

世界が反転する。
睨みつける倉間の瞳、そこへ乗せられた感情の是非。
一拍遅れて届いたのは自分を望む叫びだった。

「お前、俺のこと好きなの」

呟いた言葉に肯定が返る。身体中を流れる血が動けなくなった指を手を頭を動かした。
目の前の相手は幻想ではない。見つめる視線をやっと正面から受け止める。
灯る、ほのかな火。照らすのは、心だろうか。

輝いた思い出の残照が現実の温かみをもって、ここへ。

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