求む道理、それこそ不条理 4


組んだ腕に指先を食い込ませて理性を保つ。苛立ちで足を動かしそうになるのも何とか耐える。
無遠慮な視線を向けられるのも初めてじゃない。
とはいっても、大学の入口で待ち伏せるなんて行動に出る羽目になるとは思わなかった。

電話が通じない事実に一瞬焦ったが、解約はさすがに可能性が低い。ならば着信拒否と目星をつける。すぐさま浜野と速水が浮かんだけれど、しらを切られるのがオチだ。何よりそこへ逃げたことを確認するのはひどく、癪だった。
第一、なんで自分が必死になるんだと意地を張って二日、起こすつもりだった行動が逆になっただけだと言い聞かせて三日、とにかく捕まえなくては気がすまないと勢いに任せたのが本日。
結局は振り回されている。こそこそ別離を考え、諦観し、自分で区切りをつけようとしたくせにこの有様。
まったくもって不可解であるし不愉快だ。逃げようとしておいて、逃げるのを許せない己が。

場所は知っていたが来たことはない。倉間の大学へ辿り着き、張った時刻はちょうど十二時。思い立ったのが自分のキャンパスに向かう途中だったあたり計画性の欠片もない。これで無駄足ならとんだ笑いぐさだと自嘲したその時、視界へ飛び込む姿。

「くら、っ」

呼びかけるより早く、自分に向けられた大きな声。

「南沢さーん!」

明るい笑顔と共にダッシュで駆け寄ってくるのは倉間の隣に居た浜野。目標のみ注視していたから認識が遅れたが、そういえば速水も合わせて三人だった。そう遠くない距離を詰めてきた後輩はいい笑顔そのままで腕を振るう。

「じゃーんけんぽん!」
「?!」
「あっち向いてホイ!」
「っ?!」

咄嗟に出した掌はパー、向こうはチョキ。反応の出来ないうちに繰り出される人差し指の強制力。
つられて向いたのは左、瞬間、走り抜けていく気配。

「なっ…」

首を動かした横を、速水が倉間の手を引いて風のように。
一瞬絡んだ視線が生むのは硬直。

「いえーい、ストレート勝ちー!」

軽い勝利宣言で我に返る、舌打ちして地を蹴った。

「くそっ、」

もう背中しか見えない二人連れは角を曲がる直前。現役時でもここまで速かっただろうか、むしろそんなに速いならサッカーより陸上をやれと言いたい。スタートダッシュが違いすぎる時点で結果は見えて、それでも自棄に近く走り続けた。限界を感じて足を止め、しゃがみこみ、悪態をつく。

「人連れて走ってどんだけだよ…」

呼吸を整えようと酸素を取り込む。片腹を押さえて座り込むうち、またも軽い声が振ってくる。

「みーなみさわさーん」

元凶とも言うべき浜野が後ろ手を組んでとことこ近づく。
未だ荒い息を吐きながら、目線のみ寄越す。

「もしかしなくても、サボってまできちゃいました?」
「……悪いか」

茶化すような口調に今更腹も立たない。返した言葉の素っ気無さは機嫌より疲れに起因する。
きらきらと興味津々のていで問いかけた浜野が大袈裟に言葉を次いだ。

「いやいや、すげーって思って」
「ケンカなら買わねーぞ」
「まっさかー。南沢さん、俺と速水は相手にしないでしょ、倉間が困るから」

面倒を含めての返事は流され、そのままのノリで核心を突く。トーンも変わらないその台詞に言葉が詰まる。
しゃがんでくる浜野がやっぱり笑う。

「過保護っすねー」
「悪いか」
「まっさかーV2」

今度こそ不機嫌さを乗せたとしても、朗らかに受けとめられた。
やりきれなくて頭を掻く。

「回復してきました?」

自分の気持ちを知ってか知らずか、少しの間のあと浜野が声を張り上げた。

「はーい、ここで南沢さんにラッキーチャーンス!!」
「はあ?」

思わず胡乱な態度になったのも致し方ない。疲労がピークだった。
しかし浜野の浮かれたテンションは止まらず、ポケットから取り出されたのはひとつの金属。

「俺の手には今、魔法の鍵があります。明日の午後17時以降なら開く場所があったりなかったり」
「なんで曖昧なんだ」
「南沢さん次第ってことで」

途端に目の覚めた気分になる。
示された鍵はまあつまりそういうことで、妨害ばかりと思った相手が解決策を提示するとは思いも寄らない。
ほんの少しだけ眉を寄せた浜野は指で鍵をつまみながら、おふざけのない声音で。

「俺も速水もよくないなーとは思って、ただ倉間に負担かかる捕まえ方はちょっとね」

困ったように笑い、鍵をちらりと見る。

「でも南沢さん頑張ってくれちゃったから」

ふふー、と満足そうに零し、鍵を持った手を動かす。
つられて、掌を上へ向ける。

「偉そうだけど、ごうかーく、ってことで」

渡された重みは、信頼だ。にかっと笑う浜野は中学の時と変わらず見えて。

「倉間寄り平にご容赦ー」
「知ってる」

強く、鍵を握り締めた。

「あ、ただし俺らの部屋ではやめてください。やめてください」
「おい待て、待てそこ」
「大事なことなので二回言いました」

途端、真顔になっての主張が聞き捨てならなかったので軽く頭を叩いておく。

咄嗟に動けなかった、理由。それは自分を見る倉間が怯えていたからに他ならない。
本当の本当に拒絶された場合、果たして受け入れられるのか。それが嫌で、逃げ出そうとしたのを、思い知る。
手を掴むのは自分でありたかった。あの日、あの時、気持ちを伝えた時のように。

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