求む道理、それこそ不条理 3 「倉間さー、ここに居るのは全然構わないんだけど」 荷物を下ろして一息ののち、温かいお茶を振舞いながら浜野は切り出した。ちなみに入れたのは速水である。 自分たちと似たような感じで二人暮らしを始めた彼らは駅でいうならふたつ隣。南沢はこの場所を知らないし、浜野と速水が同居していることも知らないはずだ。別に隠していたんでもなく、特に言う機会もなかっただけ。それでなくても三人が一緒に居るのは当然で、相手も突っ込んで尋ねてもこないのだ。心配げに見つめる速水に罪悪感を覚えながら、浜野の発言を促した。 「連絡とかあるんじゃないの、携帯」 「着拒した」 『!?』 速水が思い切り咳き込み、浜野が固まったのち大爆笑。 「ちょ…っ、倉間の、そういう極端なとこ、嫌いじゃないけどっ…!」 感慨もなく茶を啜る自分の前で机をバンバン叩き、笑いながらありがたいお言葉。蒼白になりながらあわあわしている速水と対極なのがさすがというか。 「そもそもあの人こないって、終わる気だったし」 呟いた途端、笑いが止まった。 連絡を断ったところで大学もバイト先も知っているのだから完全なる逃げには至らない。 そもそも出て行くつもりだった相手がわざわざ自分を追いかけたりもしないだろう。 「なんか、疲れた」 急激に眠気が訪れた。張っていた気が緩んだのか、机へ崩れて顔を伏せる。軽く頭に触れる掌。きっと撫でられた。何も聞かず、ただ居場所だけをくれる友人が嬉しい。 だから眠りへ落ちる直前、馴染んだ感触や体温が恋しくなってしまったのは気のせいだ。 起きて景色の違うことに戸惑ったのも初日だけで、三日も過ぎれば生活が馴染む。気心の知れた二人だから問題もないし、ぼんやりと身の振り方を考え始める。貯金はそこそこ、仕送りはほぼ手をつけていない。一人暮らしをするには十分だ。いつまでも甘えるのは自分の主義に反する、気持ちを固めかけた四日目。予期せぬ事態が起きた。 午前だけで授業の終わった三人はだらだらと校門へ向かう。 何気なく視線を向けた先、捉えてしまったのは倉間が最初で。 「あれ、南沢さんじゃね?」 現実逃避をさせてくれないのは浜野だった。速水が気遣うよう肩にそっと触れる。 とりあえず昼時という人通りの多いタイミングに感謝して死角になる方向へ。 木陰から様子を窺って、見間違いじゃないことを再確認。そうでなくても目立つ南沢は案の定注目を浴びており、気にも留めない本人はどこか不機嫌そうに腕を組んで立っている。たまに時計へ視線を落としながら、油断なく周囲を見回す。動きに隙がないのが怖い。纏う空気をものともせず声を掛ける女子もさすがにおらず、それでもひそひそ話が交わされる。外見は本当に武器なんだと痛感した、場合によっては不審者なのに。 浜野が小さく口笛を鳴らす。 「ガチの手段できたなー」 「よく考えたら、倉間くんの時間割知ってるんじゃないですか」 自分の目につく場所イコール相手にも丸見えである。実際、一限ならさっさと寝ろだの言われた記憶も何度か。 埋まりたい消えたい気分で蹲りかけるのを止めたのは速水。腕をそっと、だがしっかり抱え、浜野と頷き合う。 「ほら、倉間立って。俺らがついてる」 足に力を入れると浜野が笑った。腕を離した速水がぎゅっと手を握ってくる。 「大丈夫ですよ、倉間くん」 速水も微笑む。頷いて、人ごみにまぎれながら進んでいった。背筋を冷たい汗が流れる、心臓が煩い音を立てる。 もう少しすれば捕捉されるだろう距離で、浜野が先手を打つ。 「南沢さーん!」 明るい声と笑顔と共に、相手へ向かって走り出す。 自分の手を握る速水の力が強くなった。 |