求む道理、それこそ不条理 2


何が欲しいか、ではなく、何を欲しいと思ってしまったか。結論としてはこれに尽きる。
確固たる不満だったわけでもない、受け取るものがなかったんじゃない。ただ、望みを持ってしまえば伴わぬ現実を憂うのも感情で。それが我侭だと思うには自分はとてつもなく乾ききっていた。

倉間は常に受動的でもなかったし、たとえばふいに寄り添ってくる体温だとか、心配げに見上げてくる瞳だとか、そういったものに随分と救われ癒され、そのたび手放せないと心底、刻む。
決して拒まれない否定されない、獲得した位置は自分だけの。笑う、怒る、泣く、それら全ての引き金を引く権利。ともすれば薄暗い思考さえ覗きそうになるほど――少しでも傷付いた顔を見れば吹き飛ぶくらいの脆さだが、要するに独占欲は凄まじい。ずっと自分を見ているのを、否、見させているのも分かっている。
だが、白い紙に落ちたインクは滲むだけで決して消えはしないし、取り除くことは不可能だ。

迷ったような手が髪に触れるのが好きだ。
いつもいつも、自分から触ることを極端に避けるかと思えば勢いに任せて抱きついてもくる。
滲む想いは明白で、受け取るのも嬉しくて、これが続いていくのだと。思い返すたび胸が痛んで、欲しがるたび己を責めた。やがてバランスが危うくなってきた頃、逃げればいいと誰かが囁く。責任転嫁もいいところだ。

昨今の引越しは見積もりさえもメールで即日。荷造りサービスまであるのだから、至れり尽くせり。元々そんなにない私物はせいぜい書籍が重いくらいで、衣服も収納家具ごとでほぼいける。あとは実行に移すだけ、そこまで辿り着いて虚無感が襲う。
終わらせた先、自分はどうするのか。手段を用いた結果なんて、考えもしなかった。だらだらと引き延ばして、日常のリピート。

珍しくゼミが長引いた午後、ドアを開けると軽い金属音が鳴った。近所の子供が石でも入れたかと頭の隅に追いやり靴を脱ぐ。部屋は暗い、いなくて寂しいような気持ちと安堵する気持ちが同時に湧いた。
リミットは近い、膨らんだやりきれなさで奥歯を噛む。
電気をつけた居間の机、目の端に止まった封筒。認識を拒んで二度見する。
添えられた紙へ視線を向けられない。文字列を理解することを頭が受け入れず、玄関へ走る。帰宅した時の違和感、そう、居ないのなら足りない靴は一足のはずだ。毎度靴箱へしまう律儀さはお互い持ち合わせがなく、よく履く数足が脱ぎそろえていつもそこに。しかし、視界へ入ったのは己の靴のみ。
頭に残る金属音、手を伸ばした。備え付けのポストを開ければ、落ちてくる見慣れた合鍵。拾い上げもせずに携帯を鳴らす、流れてくる無機質なアナウンス。冷たい何かが背中を撫でる。

「、のやろ」

吐き出した声は掠れていた。
小さな紙に小さな文字で、それこそ見慣れた書体が綴っていたのは感謝を告げる一言だった。

『ありがとうございました』

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