Heatbeet Emotion 3


それから程なく、親の許可もあっさり下りて、倉間は晴れて円堂プロダクションの所属となる。
といっても研修生に近く、レッスンに向かう場所が変わっただけのような認識だった。 ちょっとしたイベントのバックで踊ったり、大掛かりなPVの一人になったり、徐々に仕事を貰いだした頃、機会は訪れた。

「舞、台」
「そうそう、踊れる若手欲しいって言われたから」
「これ、俺が受けた」
「ああ!これかー、再演してくれって要望が多くてさ」

あとの言葉はあまり耳に入ってこない。 そんなに前のことでもないのに随分と時間が経ったような気がする。
初舞台を踏んだかの人を客席から眺めた日、圧倒され魅せられて瞬きなどしていられなかった。 口コミが広がって前評判以上に大盛況となり、楽日はソールドアウトした。
テレビ以外の仕事も増え、めきめきと実力をつけていく相手を夢中で追いかけた。
歌っていれば振りが見れるし、とにかく動いてるところを見たかったので視聴は偏ったけれど制覇に近い。
同じ舞台に、立てる。間近で見れる。夢じゃないかと思った。

顔合わせも終えて稽古が始まり、同じ事務所なのもあって世間話程度には会話もした。
別に憧れだから恥ずかしいだの話せないだのはなかったので本当に普通のやり取り。
歳も近くて先輩後輩、まるで部活のような雰囲気を味わう。新鮮だった。
気難しいと思っていた訳でもないが、軽口も許されるのはなんだかくすぐったい。
自分を疎かにするはずもないので集中しつつ、見れるときはとにかく見た。
場面稽古は出番待ちの自分には至福としかいえない。

稽古期間も中盤に差し掛かったある日、忘れ物を取りに来た倉間は稽古場の明かりを確認して覗き込んだ。
鏡面の壁に凭れて座っているのは南沢だ。びっくりして扉に力をかけてしまう。音が鳴った。
視線が飛ぶ、自分を認めると、なんだ、と声が落ちる。

「倉間か、どうした」
「あ、忘れ物、したんで」

南沢さんこそ、と続けかけてやめる。なんだか雰囲気がいつもと違った。
萎縮してしまった自分に、ふっと笑い、自嘲気味に口を開く。

「なーんか、スランプ」

みたいな、冗談めいて零される言葉が胸に突き刺さる。
今日は、というかここ数日の動きは確かに違和感を覚えたけれど、そんなに深刻とは思いもしなかった。
下手な慰めは失礼でしかない、わかってはいても言ってしまった。

「でも、南沢さんなら…」
「俺の何を知ってんだよ」

遮る言葉は叫んでもいないのに鋭利で、頭の片隅の糸を断ち切った。
確かに知らないことの方が多い、当たり前だ。だがしかし少なくとも、ただ騒ぐ奴らよりは見ていた自負がある。
つい感情に任せてぶちまけた。

「知ってんだよ!初舞台の初演で音響途切れたのカバーして踊ったりとか、アドリブ長文がウケて次の日から台本に書き入れられたとか、 主演千秋楽のカテコで調子乗って普段演技上くらいでしかしないバク宙見せてくれたりとか! インタビューとかあんま好きじゃねえけど媒体に残らないならって劇場トークではちょっと語ったりとかさあ! アンタ凄い好きなんだろ!踊るのも!演技も!」

南沢が虚を突かれたように固まる。それを見て正気を取り戻す。
言うだけ言ってから、しまった、と口を閉じた。
だが零れ落ちた言葉は戻らない。

「お前、やけに俺に詳しいな」

怪訝そうな表情に頭が痛い。
このまま流せればそれに越したことはないが、誤魔化すには辛すぎる状況だ。
視線をあちこち泳がせて、なんとか言えたのは断片的なセリフ。

「アンタの、ダンスが好きで……」
「ふぅん」

短い相槌、それきり口を噤んだ倉間をしばらく見つめ、おもむろに言った。

「かわいいな」
「はあ?」

思わず態度の悪い声を上げると、愉快そうに相手が笑う。

「可愛いよ、お前」

意味も分からず無言でいれば、鏡へ背を預けたまま小さく手招き。
靴を脱いで床を歩いていくと、座れ、のジェスチャー。
大人しく腰を下ろす。ゆっくり上がる相手の腕が伸びて、頭にぽんと置かれる掌。

「可愛い」
「だからなんなんすか」

何をどう気に入ったのかは全くもって分からないが、そののち自分に対する態度が変わった。 事務所ですれ違えば頭に手が乗る、撫でられる、冗談程度に小突かれる。 軽口を交えて、激励を込めて、そしてただの揶揄も含めて。
レッスンが終わった時間が向こうの帰りとかち合ったりするうちに自主練を覗かせて貰えたり、 合間を縫っての交流は自然すぎる流れだった。
じゃれ合いを日常にしてそろそろ一年、迎えた展開がユニット結成だなんて想像できただろうか。
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