Heatbeet Emotion 2


ダンススクールに通っていた倉間は、センスを認めた講師の勧めでオーディションを受けた。
最初はあまりやる気がなかったもの、過去に手がけた舞台の構成や演出家の思想がとても気に入り、 概要を読み終えた頃には是非とも参加したいと考え始めた。 そして迎えた一次選考二次選考、思いのほか、するっと通ってしまい、これはいけるんじゃないかという期待が生まれた。
しかし現実はなかなかに厳しい。三次選考にて残り5名に入ることはできなかった。
悔しさを噛み締めて帰る間際、他の参加者の話が耳に入る。 なんでも自分のひとつ前のグループにとても目立つ奴がいたらしい。 最近売れ始めたアイドルだそうで、どうせ出来レースだろ、の声を聞き、悔しくなる。
本当に受かると思っていた訳じゃない、しかし最初から分かっている結果ならこの時間はなんだったのか。
頭に血が上った倉間は、最終選考の会場へ走った。
脱落メンバーの中に見学希望者も多かったようで、特に怒られずに見る事が出来た。
どれが、誰が、人の隙間を縫って覗き込むその先で、目を奪われる。

探すまでもなかった。同じ動きをしているのに、明らかに他とは違う、存在。
即興で振付けられたはずのそれは、彼のものになっている。 躍動感、止まる時の些細な角度、そして視線、完璧だった。 自分の思う理想が具現化されている。呼吸も忘れるほどに見入っていた。
曲が終わりリズムを数える手拍子が止んで、ようやく息を吐き出す。 結果を聞く前にその場を後にした。
出来レースなんて、とんでもない。あの人の実力は本物だった。

出口へ向かいながら高揚を落ち着けてため息をつく。
飲み物が欲しくて休憩所へ寄ることにした。 ジュースを一杯、紙コップで買ってベンチに腰掛ける。
かなりぼんやりしていたらしく、人が来たのに気付かなかった。

「やべっ」

ちゃりん、と高音が響いて、硬貨が落ちたのだと悟る。
慌てて見回す大人が一人、右往左往。自分の足元に転がってきた百円玉が多分そうだろう。

「どこだー?いま万札しかないんだよなー」
「あの、これ」

拾って立ち上がると相手の顔がパッと輝く。
若かった。そして物凄くラフなジャージだった。

「いやー、ほんと助かった!サンキュな!」
「いえ」

朗らかに笑う相手に首を振ると、少しの間。

「ああ、今日あれか、オーディションやってた」
「見てた、んですか」
「ちらっとだけどな、用事あってさ」

思い出したように声を上げるのに、少し驚いて言葉がゆれる。
軽く答えるのに疑問がわいた、もしかしてかなり偉い人なんだろうか。

「どうだ?楽しかったか」
「自分の実力を客観的に評価してもらえるってのはなかったんで…勉強になりました」

問われて自然と答えが出る。競うための場は、本当に初めてだった。

「最終選考、見てたけど、ほんとすごくて、俺なんかまだまだだなあって、思って、ああくそ、踊りてえなあ」

鮮やかに浮かび上がる先程のビジョン。飲み終えた紙コップを握り締め、最後は独り言になる。
ここでくだを巻いても始まらない、今日発散できなかった分を帰って踊ろうと思い直し、立ち上がった。
挨拶をしようとして向き直り、止まる。やけに強く真面目な視線が見つめてくる。

「踊るのは好きか?」
「はい」

迷いなく答えた。それが自分の基盤だから。
すると満足げに相好を崩し、相手も椅子から立ち上がる。

「よし、じゃあ来週からうちに来い!」
「は?」
「名刺名刺、俺よくどっかやるんだよなあー」

失礼を通り越して素で聞き返す。
あちこちのポケットをごそごそと漁っていたその人はようやく名刺ケースを発見し、一枚取り出して自分に向けた。
受け取って絶句する。見たことあるなんてレベルではなかった。

「円堂プロダクションの円堂だ!よろしくな!」

眩しいほどの笑顔で手を差し出され、思わず握り返す。

「アイドルやろうぜ!」

どうしてそうなる。思ったまま突っ込むには衝撃が大きすぎてフリーズした。
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