スパイラルへの解答例 3


宣言するまでもなく疲れた身体は限界だったらしく、夢も見ずに眠り込んだ。目が覚めて、少しだるい感覚を引きずって寝返りをひとつ。枕元の携帯が光る。着信かメールを確認しようとのろのろ腕を伸ばし、時間を確認。午前十一時すぎ。さすがに寝すぎじゃないのかと自分でも思うが寝てしまったものは仕方がない。おざなりに受信を確認しながらあくびをし、口を開けたまま固まった。
届いたのは午前十時、寝ている時は音を切っているから気付かないのは当然のこと。差出人は、南沢篤志。
がばっとその場で跳ね起きる。いきなり動いて頭がふらつくがそれどころじゃない。内容は何かと慌てて読めばそこには簡素な一文。

――起きたら連絡よこせ。

「なんだこれ」

寝起きの働かない頭のままメモリを呼び出して数コール。つながった相手の第一声はむかつくほどに爽やかだった。

「よく寝たな、おはよう。寝る子は育つぞ」
「バカにしてんすか」

すぐさま電源ボタンを押したい衝動を堪えて携帯を持ち直す。

「いま、駅近のスタバにいるんだよ」
「はあ」
「三十分で来い、以上」

通話が切れた。思考が一時停止。おもむろに喋っていた端末の画面を見る。十一時二十七分。つまりはおまけをしたとしても十二時には駅前のスタバに着けということだ。

「あ、あのやろぉぉぉぉぉ!」

布団を跳ね除けてベッドから降りる。ダッシュして洗顔、服も適当に引っつかみ、小さいパンを軽く口にする。むぐむぐと噛みながら飲み込んで、行儀が悪いと指摘する親をかわして鏡の前へ。急いでぐしゃぐしゃで向かえばそれこそ思うツボというか、言われた通り急いだ時点で何を取り繕おうと無駄な気もするが、身だしなみくらい自分だって気にする。八つ当たりめいた力でドアを開けば日頃の走りこみを発揮すること風の如く。見慣れた看板が視界に入り、残り時間は二百秒、むかつく先輩はすぐそこだ。

「お、来た来た」

通達された制限時間の二分前、外のテーブルで優雅に読書なんてしてやがった相手が、自分の姿を認めてひらひらと片手を振る。ものすごく殴りたい。

「えらいえらい。ちゃんと間に合ったな、褒美をやろう」
「飲みかけっつか絶対に空だろそれ」
「さすが賢いな」

相手が掲げたカップは予想通り軽く、弾いた仕草に楽しそうに南沢が笑う。絶対にバカにしている。必死こいて用意してしまった自分がとても恨めしい。視線で敵意を訴えながら何の用件だと促してみれば、さらりと一言。

「買い物、付き合え」
「はああああああああ?!」
「なんだよ、起きるまで待ってやったろ?」
「そこじゃねぇよ!色々ツッコみてぇよ!」
「まあ歩きながら聞いてやる」

ダストボックスにカップを投げ込み、立ち上がる相手。納得いかない自分にお構いなく手招きして歩き出す。自己中ってレベルじゃなかった。あからさまに舌打ちしてついていくと笑いを堪える気配。背中蹴飛ばしてやろうか、割と本気で考えた。
買い物は本当に買い物で、CDショップ、本屋、スポーツショップ、小腹が空けばファーストフード、どこも馴染みの店だ。休日は勿論、学校帰りに皆で寄り道したり買い食いしたり、日常の一部ともいえる場所。
――南沢とも来たことのある、道筋だ。
まだセカンドチームもあった頃、何人かでつるんで、あるいは二人で、それは確かに日常だった。過去形、昨日に続いて引っかかる何かをぐっと飲み込む。どうしてこんなことを考えてしまうのか。わかりたくはない、わかりたい。
二件目のCDショップで立ち止まり、物色を始める南沢の横で倉間は片手を握り締める。

「昨日、一文字って奴がいってた…」
「ん?」

もっと上手い切り出し方があっただろうに、そのまま口にしてから後悔した。手を止めてこちらを向く相手に覚悟を決めて、回りくどさを投げ捨てる。

「俺の話とか、したんすか」

瞬く瞳。短い問いかけで悟ったらしいことが雰囲気で分かった。
取り巻く空気が、変わる。薄く笑った表情のまま、唇が動く。

「戦う相手の情報とか、持ってたら言うだろ」
「それだけ?」
「……それだけ」

模範解答に追撃を。
わざとか分からない間を置いて、自分の言葉が反芻された。

「嘘だ」
「そう、嘘」

反射で言えばすぐさま返る。分かっていて答えたとしか思えないその流れは、予定調和すぎて気に入らない。強く強く睨みつけるも、目の前の笑みは深まって楽しそうに微笑んだ。

「お前、俺のお気に入りだし」

言うだけ言って詳しい説明もなく問いかけは有耶無耶になってしまった。あっさり表情を戻したかと思うと目当てのCDを持ってさっさと会計に向かったからだ。理解と感情がついていかない倉間を放って支払いを済ませると、動こうとしないのを見かねて腕を引く。ひきずられるまま呆然と店を後にした。
その後もあちこち連れ回され、なんとか調子を取り戻した頃にはすっかり日が暮れていた。

「よし、じゃあ駅で解散な」
「え」

あっさり終了を告げる台詞についつい声が漏れる。
しまった、と口元を押さえても意味がないどころか逆効果で、しかしはい、とはどうしても言えなかった。からかうか呆れるか流すか、審判を待つように肩を竦める。とても惨めだ。

「まだ俺といたい?」

聞こえてきたのは揶揄ではない、問い。
おそるおそる顔を上げると馬鹿にして笑う様子もなく、ただ自分を見つめていた。答えを待っている。待っているのだ。

「はい」

はっきりと伝えた二文字に、満足げに笑う。
すっと片手を動かすと人差し指を立てて足元を示した。
つい目で追って地面を見る。

「着替え一式持って、ここ集合な」
「…え?」
「俺んち、来るだろ」

寝起きに引き続き二回目のタイムアタックが開始された。

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