スパイラルへの解答例 2 「久しぶりだな!雷門よ!」 朗々たる声がグラウンドに響き渡り、通行中の学生が何事かと視線を寄越す。倉間たちは正直恥ずかしい。 心配した天気は何事もなく快晴で、軽口を叩きながら特に心構えもせず放課後になってみれば月山国光が勢揃いして訪れた。 別にそんなにきっちり一列に並ぶ必要はないんじゃないかと思うが、とりあえず口にするのはやめておいた。 「まさかレギュラー全部つれてくるとか…」 「兵頭くんだけかと」 放心した浜野と速水の呟きを聞いて満足げに髪をかき上げ、南沢が悦に入る。 「俺がそんなちっさい男に見えるか?」 「見えます。特にそこで並んでると」 「よーし倉間、歯ぁ食いしばれ」 イケメン風味でかっこつけた途端ケチがつき、つかつか歩み寄る大人気ない上級生。お前が言うか、と低レベルな争いを繰り広げるのを気にも留めず、兵頭は趣旨を述べる。 「同胞の窮地と聞いて応えぬ我等ではない、今日は存分に互いを高め合うとしよう!」 「…月山国光って常にこういうノリなんすか」 「スルースキルが磨かれるぞ」 「諦めの境地っていうんですそれは」 じゃれ合いの手を止めて問うてくる倉間にしれりと答える南沢。 サイクロンスタジアムにて謎の一体感へ溶け込んでいた人にはあまり言われたくない。ぐしゃぐしゃ髪を掻き回された程度で制裁は終わり、本日の練習メニューの説明に入った。 「兵頭、試合やるからお前審判な」 「なにっ?!」 「それは如何にしたことか南沢!」 突然の発言に大げさに目を見開き驚く兵頭と、沸き立つ月山国光メンバー。そもそもキーパー云々の昨日の発言はどうなった、と唖然とする二年生三名。全員から疑惑の目を向けられて、少々不機嫌に南沢が髪の毛を弄る。 「冗談に決まってんだろ、試合すんだからキーパー二人いるし」 沈黙が落ちる。 「うわあ感パネェー!」 どうするんだこの空気と言わんばかりの状態を打ち破ったのは耐えられない浜野のツッコミだった。 速水は表情が明らかにドン引きしている。真面目な性格と推測される月山国光はひたすら無言だ。 「南沢さんの冗談って普段の態度のせいで外すんじゃねえ?」 ぽつり呟いた倉間の発言は静かな空気によく響いた。 「それだ!」 南沢以外のその場に居る全員の声が唱和する。 当人の片眉が心持ち跳ね上がった気がするが倉間は見ないふりをした。なんなんだこいつ的状況から一変、容赦ない後輩の感想により月山国光のテンションは元に戻った。 的を射ているだの褒め言葉を頂く中、一人が感慨深げに頷く。 「さすがだな、雷門の十一番。南沢が気にしていただけはある」 「一文字、ちょっと黙れ」 集中攻撃で黙らざるをえなかった元凶が早口で遮る。 一瞬きょとんとする一文字だったがすぐに気を取り直す。 「何を照れているのだ南沢。同志を自慢するのは微笑ましいぞ」 「ちげぇよ。違うから黙れ」 「ちょ!その話詳しく!」 「浜野も黙れ」 真顔で淡々と諌めてみせる他校生が年下とはとても思えない。 第一、完全にあしらわれている感じがするが月山国光は上下関係が緩いのだろうか。想定外の話題に面白がって食いつく友人をよそに、倉間本人は混乱していた。 自分のことを、あの南沢が。再会時、雷門に敵意と見下しを向けてきた、人が。 恨んではいない、ただ思い出すと腹が立つだけであって、あちらの心情を慮る余裕もなくはない。革命選抜として改めて激励に来てくれたのも本当に心強かった。生意気な口も笑って許す南沢は前よりも態度が柔らかくなった。実際、少し拗ねてもいたのだ。自分の知らないところで変わっていく憧れの存在が。そんな倉間にとって渦中の時期に話題にされていた事実は青天の霹靂だ。 話せ話すな、やいのやいの騒ぐところへ入ろうとして聞こえたのはマイペースな一文字の追加感想。 「サイクロンスタジアムで飛ばされた時はなんという不運だと思ったが」 「その話はやめろ」 被害者の本気の不快申告により、どうしようもない雑談はお開きとなった。脱線させた本人が仕切り直し、本日のチーム分けを再開する。昨日の対戦よろしく、雷門の三人の割り振りはFWとMFに決定。一緒のチームの方が良いのではという意見もあったが、面白そうだからと浜野が乗ったおかげで対戦構図が出来上がった。雷門内で紅白試合をすることも勿論あるけれど、このような機会もおいしいとのことだ。 滅多にない他チームとの混合メンバー、そして久々の、本当に久々の南沢との2TOP。 ポジションにつき、高揚していく気持ちに全身が震える。今日はフィールドを共に駆けられるのだ。肩を叩いて隣に立つ、相手。視線を交わしキックオフの合図を待つ。試合が、始まる。 「っあー!楽しかったー!」 「往来で騒ぐな」 興奮冷めやらぬ様子で声を上げる浜野を南沢が嗜める。 お互いに力を出し合って白熱した結果は2対1という接戦だった。勝利ゴールは南沢から倉間へのシュートチェイン。見事に花を持たせた形になる。 試合後テンションで称え合う笑い声の中、折角だから皆で飯でも!なんて言い出して大名行列。ぞろぞろ大人数で商店街を歩き、辿り着いたのは雷門メンバーおなじみの雷々軒だ。興味深げに店内を覗く月山国光を先導して二年生が店主へ挨拶。 運良く空いていたので数テーブルとカウンターを占拠して、育ち盛りの少年たちの注文が飛び交う。 「みんなでカラオケとかどうよ?」 「うむ、では予定を確かめてみよう」 浜野はちゃっかりアドレス交換を始め、臆することなく月山国光メンバーと同席している。速水も引っ張られていったものの、なかなか楽しそうだ。 「浜野打ち解けんの早すぎだろ…」 「ほら、行儀悪いぞ」 カウンターに肘を突いてぼそりと倉間が零すや否や、払うように手が伸びる。がくん、とバランスを崩しかけるのを軽く支え、南沢が隣に座った。 「お疲れ」 「なんでこっち…」 「俺と食うの嫌?」 「別に」 さっきまでアイコンタクトと連携を繰り返した同士とは思えない素っ気無い会話。プレイ中はあんなに打ち解けられるのに、こうやって隣り合うとどうしていいか分からない。注文する声をぼんやり聞きながら、そういえばなんだかんだ二人で話し込むような状況こそ久しぶりだと気付く。 当然だ、普段は別の学校に通っているんだから。 もやもや考え込んでいるうちにラーメンが目の前に置かれた。 「ん、チャーシューやる」 「…ども」 唐突に差し出された肉がもやしの上に重なった。 咄嗟に反応も出来ず短く呟いた後、まじまじと相手を見てしまう。チャーシューを奪うならともかく、あげるなんてことをする人だったろうか、この人は。 「雷門の頼もしいFWにな」 ふっと笑う顔は先輩の表情。ああ、そうか。自分は甘やかされているのか、なんて妙な納得が頭をよぎる。 「メンマあげましょうか」 「お前それいらないだけだろ」 お返しに器に入れたのは確認の一種。笑いながら頭を小突く手の動きは緩やか。つられて口元が緩んだ倉間にしばし箸を止め、おもむろにわしゃわしゃと頭を撫でてくる。 「お前、明日は寝てろよ」 「言われなくてもゆっくりしますけど」 「ん、えらい」 脈絡のない発言に思わず素で答えると、再度柔らかく整えるように髪を撫でる。耳に届いた音はこの上なく優しかった。 誰だこいつ、そう口にしない試練はかなり辛い。 |