スパイラルへの解答例 1


「あれは『イエスorはい』だったよな」
「倉間くーん、もう仕方ないですよー」
「放課後全部自主練って結構つらくね?」

ボールを足で弄びながらの雑談二日目。
真顔で呟いた倉間を速水が嗜め、浜野がぶっちゃける形で会話が途切れた。自分たちを除く雷門イレブンが合宿という名の罠に飛び込んだのは前日のことである。

「全員がここを離れるわけにはいかない」

キャプテンである神童の言葉に神妙に頷いた。思わず雰囲気で。
付け加えたくなるのもそれこそ仕方のない話だった。
一日目は深刻さを保って自主練習を行った。ある程度のメニューをこなし、念の為に連絡を取ろうとして固まることになる。
誰にも、繋がらない。お客様のおかけになった、で始まるお決まりのアナウンスは背筋を凍らせるには十分なものだ。単に電池が切れた、電波の届かない場所にいる、可能性はいくらでもあるにせよ、あんな分かりやすい罠に乗った手前、楽観視は出来ない。まさか社会的に抹殺どころかリアルになんて恐ろしい結末はないだろうと思っても、相手は従わない学校を潰す組織である。
頼れる大人といえばレジスタンス本部のみ、神童の頼みをいきなり反故にするのは気が引けるが最優先は仲間の安全だ。必死の思いで帝国学園へと辿り着き、久遠監督に一部始終を話したところ、意味ありげに頷いて元指導者は言ってくれた。
円堂をはじめとする数名が調査に赴いているから任せておけ、と。

「じゃあ最初から言えよ!」

それでも拭いきれない不安と謎だった円堂監督の行方が分かった喜びが、ない交ぜになった上での本気の叫びだった。

「倉間の偉いとこは、あの場ですぐツッコまないとこだよなー」
「TPO弁えてますよね」

聞いた瞬間、その場で固まったり崩れ落ちたりした三人だが、なんとか失礼にならない程度に挨拶をすませ帝国学園を後にした。
商店街まで戻り、雷々軒で落ち着いての発言が倉間のツッコミであった。ちなみに店主が一瞬びくっとしたのを浜野は見逃さなかった。とにかくその日はやってらんねーぜと愚痴りながらラーメンを啜り、何故かサービスされたチャーハンもかっ食らって三人は家路についたのである。
そして今日も相変わらず他メンバーとは連絡が取れず、悶々としたまま放課後へ。律儀にジャージに着替えてグラウンドまで赴くのは他にやる事がないからとも言えた。。いくら円堂監督たちが潜入しているといっても向こうは組織、心配なことに変わりはない。気を利かせた情報担当らしい眼鏡の人からみんなの無事を聞いているものの、釈然としない。こんなに中途半端な状態になるなら一緒に行きたかった。それが正直な気持ちだ。
グラウンドでうだうだと実にならない練習もどきを繰り返しておよそ三十分。もはやだべり場と化しかけたそこへ声が降ってきた。

「何してんだ、お前ら」
「へ」

耳を疑う前に振り返る倉間。視線の先にいたのは、予想外の人物だった。

「南沢さん!?」
「うわ、びっくりしたー、本物?」
「偽者がいてたまるか」

叫ぶ倉間を軽く流し、一拍遅れて反応した浜野をあしらいながらグラウンドへと降りてくる。わざわざジャージ姿で、部活時間中に来ておいて、ちょっと立ち寄ったはないだろう。月山国光戦以来たまに顔を出すようになった元チームメイトは意外とお節介だ。慌てて速水が会釈してみせるのに片手を振って肩の鞄をかけ直すと改めて三人に向き直った。

「で、なんで三人なんだよ」
「いちいち髪触らないと喋れないんすか?」

当たり前のように髪をかき上げる仕草へツッコんだ倉間にデコピンが飛ぶ。



「お前らに危機感とかねーの?」
「キャプテンと監督に言って下さい」

一部始終を聞き終えた先輩の有り難いお言葉に即答で返した。浜野と速水がうんうんと頷く。
わざとらしく溜息をついた南沢が再度前髪へ手を伸ばす。

「これだから熱血直球勝負集団は……」
「感化されたくせに」
「お前、俺に喧嘩売りたい?」

呆れを滲ませる発言に被せる呟きは独り言というには大きく、相手のこめかみが僅かにひきつった。涼しげな顔のまま口元に笑みを浮かべる南沢は若干イラついているようだ。対する倉間は先ほどのデコピンを引きずったか仏頂面でつーんと横を向いている。
浜野が速水の肩を指先でつつき、こそこそと耳元で囁く。

「倉間さー、あの時に割と素無視されたの根に持ってんよな」
「試合前とか結構絶望的でしたしね」
「聞こえてんぞそこ!」

大した距離もない内緒話に意味はなく、足元のボールを蹴り付けて、わーわーとじゃれ合った。面倒くさそうに眺めていた南沢だが、こきこきと首を鳴らすと鞄を外し、ベンチの方へ投げる。
響く音に思わず三人の視線が集まり、ジャージのファスナーを下ろしながらニヤリと笑う。

「優しい先輩が面倒みてやろうか」

悪役のような笑い方をしながら提案された練習はまともだった。
南沢さんは脅す割に大した事をしないとは倉間の言。
使うのは半面コート。2対2でボールを奪い合い、シュートしたら得点。キーパーはなし。時間制限内に多く得点した方の勝ち、つまりちょっとした点取り合戦。四人で使う半面は意外に狭く、組んだ二人の連携は勿論として、なかなかに戦術も問われる練習だ。
何せキーパーはいないのだからシュートを打ったもの勝ち、いかに阻んでボールを奪い取るか。身の入らない自主練で鬱憤の溜まっていた二年生は白熱した。

「南沢さんと倉間くんが組むって酷くないですかー?」
「FW対MFなら順当な対戦だろーが。頑張って取りに来い」
「無茶いうー。2TOPでしょお二人さん」

突破するのが基本のFWと特性に分かれるMF、というわけで組み合わせはあっさり決まった。要は奪ってみせろ、と言いたげな南沢に浜野と速水は肩を竦める。倉間が物凄くイキイキしていたからだ。あれだけ不遜な態度をとっておきながら嬉しそうにフィールドを駆けられてはコメントのしようもない。友人の顔を立てるつもりで二人は難易度の高い方を選択したのだ。
文句を零しつつも楽しく試合もどきは展開し、シュート打ち放題は思いのほか気分が良く、二点差の接戦で小休止となった。結局、テンションが上がりすぎてペアを組み替え、全種対戦し終わった頃には仲良く地面に寝転がる羽目になる。

「疲れ果てたー!やべ、動けねー」
「止まると一気にくるんですね…」
「おいおい、基礎体力足りないんじゃねーの?」
「鬼道監督にも言われましたー、前に」

ぐだぐだの浜野と速水を横目に、いち早く復活した南沢が自分の鞄からタオルを取り出す。荒い息の倉間もむくりと起き上がり、ゆっくり歩いてベンチへ向かうと三人分の給水ボトルを持ってグラウンドへ戻ってくる。

「倉間、復活はやっ!」
「元気じゃねーか、ほら」

思わず身体を起こす浜野にボトルを投げつけ、速水の脇には優しく置いた。差別だと文句を言うゴーグル頭を無視して自分のストローに口をつける。速水が礼を言いながら、なんとか起き上がろうとするのを浜野が手伝う。
一連の流れを見守っていた上級生の目がすっと細まった。

「倉間くん、やーさしー」

タオルを肩にかけ、にやにや笑う南沢にハッとし睨みつけるが既に遅し。友達思いの倉間くん、とたっぷり数十秒弄られたのち、持っているボトルが宙を舞う。ボトルは避けたものの中身をいくらかぶちまけられた先輩からは汗臭いタオルを顔面に進呈される。

「野良猫にちょっかいかけずにいらんない人っているよなー」
「そして引っ掻かれますね」

傍観者が入れ替わった寝そべり組の評価は当人たちの耳には届かない。

動けるようになって帰り支度を整えれば、夕暮れも宵闇に差し掛かっていた。充実した練習の後の高揚は今日が終わってしまう寂しさに繋がる。明日からの待ち時間の再開を思ってアンニュイになる二年生を一瞥し、南沢がぽつりと呟く。

「やっぱキーパーはいたほうがいいよな」
「え?」
「交代でやっても…いや、それより」

何やら考え込む先輩に倉間が顔を上げ、浜野と速水が視線を交わす。短いシンキングタイムはあっさり終わり、一人頷いて三人を見回した。

「よーしお前ら、今日は早く寝ろよ?明日を楽しみにしとけ」

先輩らしく頼もしい言葉を口にした南沢に対する三人の反応は正直だった。

「明日も来てくれるんすか?!」
「南沢さんが面倒見いいとか!」
「雨降りますよ!」
「お前らの俺へのイメージがよーく分かった」

殊更にっこり笑ってみせる表情に失言を理解したがさすがに遅かった。仲良く拳骨を食らい、やらかした気分で帰路につく。
歩きなれた通学路、反対方向の南沢が気になって、別れ際に倉間がふと振り返る。既に挨拶を済ませ歩き始めていたと思った彼がまだそこに居た。
数歩の距離を縮めると薄く笑い、優しく頭へ手が置かれる。

「また明日な」

反射的に頷いた。

「…はい、また明日」

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