無意識転じて籠の中 2 壁際に追い詰められるシチュエーション、実際にあるって事実は体験したくはなかった。 逃げられない。いや本気で暴れればその限りじゃないかもしれないけど、雰囲気的に逃げられない。 何故なら、相手が南沢さんだったからだ。 どうしたらいいかを数秒真剣に考えて、とりあえずの疑問を口にした。 「南沢さん、ホモなんですか」 「ホモじゃねーよ、でもお前が好きだ」 即答。頭がくらくらする。 「結局ホモじゃねーか!」 「ホモホモ連呼すんなうぜえ!」 ごく低レベルな叫びあいののち、睨み合って息を整える。 いつもの調子を取り戻した南沢さんが、壁へ手を突いたまま答えを促す。 「で、なに、もう近寄るのも嫌?」 「や、そこまでは…、てか、今までどおり」 「ハッ、今までどおり?そういうのなんていうか知ってるか?」 俺の言葉を鼻で笑い飛ばし、片手を離したかと思うと頬へ触れてくる。 壁の温度で冷たくなった手のひらが撫でて、唇が動く。 「生殺し」 ぞくり。震え上がったのは冷たかったからか、その声音が笑っていなかったからか。 タイミングというものはどこまでも悪く、言い訳の機会もないまま南沢さんは転校してしまった。 さすがに気まずい、とてつもなく気まずい。なんとか直接話そうと機会を窺い、気付けば対戦相手。 試合後、声をかけて捕まえてみたところ、第一声が凄かった。 「生殺しの倉間くん、何か用か」 「どんだけ根に持ってんすか…」 とにかく、このままでいたい訳じゃないんだと我ながら自分勝手な本音を告げた。 憧れの相手とそんな決別をするのは嫌だったし、どうにかしたいと心から思った。 必死に話を続けている間、ちっとも表情を変えなかった南沢さんは、思い出したようにぽつりと。 「…お前、俺のファンだよな」 「本人に言われると殴りたいほどむかつきますね」 確かにそうで、だからこそ頑張ってるにしても断言されるとここまで腹立つのは何故なのか。 ついつい素のノリで答えて、しまった、と考えるより早く、相手の言葉が続いた。 「俺のこと優先する?」 「は?」 「俺が呼んだら一番に走ってくるとか、そういう意味で優先すんなら満足してやる」 意味がまったくわからない。こいつ真顔で何言ってんだ。 そもそも、雷門にいた頃から俺は南沢さんにはまとわり付いてた自覚くらいあるわけで。 「んなの、今までと変わらな…、」 口にしてからハッとする。俺はいま凄く恥ずかしいことを言ったんじゃないか。 それまでつんとすましていた南沢さんが、にやー、と口角を上げる。 やられた、誘導された。 「やっぱり殴っていいですか」 それからは、まったくもって平和だった。 お互いの家に遊びに行ったり、休日出かけたり放課後に自主練付き合ったり。 高校を選ぶ時はなんの疑問もなかったし、もう一度一緒にフィールドを駆けたかった。 傍から見れば仲のいい先輩後輩以外のなんでもなかっただろう。 ただ、本当に何もなかったとは言い切れない。 南沢さんが高校に上がってしばらく、時間がなかなか噛み合わない時期があった。 俺も最高学年ってことでそれなりにだけど変化はあったし、あっちも新生活が大変かなとあんまり気にしないで一ヶ月。 突然、南沢さんからの呼び出し。 来い。一言だけのメールに首を傾げる。 せめて場所を言えよ、と思ったが何故か電話が繋がらない。 少し嫌な予感がして、相手の家へと走った。 チャイムへと手を伸ばす、この瞬間が実はあんまり得意じゃない。 ドキドキしながらボタンを押すと、音が鳴り終わる前に扉が開いた。 「南沢さ、」 相手の姿を認めて呼びかけるのを遮って、腕が伸びてくる。 抱き込まれて、同時にドアの閉まる音。頭が付いていかない。 腕の力は痛いくらいで、ぎゅうぎゅう抱き締める強さに切羽詰ったものを感じる。 なんとかもがいて相手の顔を見ようと努めるが、俺の髪に埋めてびくともしない。 抵抗は無駄だと諦めて力を抜いて相手へ凭れること、しばし。 落ち着いたように息を吐いた南沢さんが腕の力を緩める。胸に押し付けられていた顔を上げた。 「倉間」 見つめる視線に固まる。必死な瞳、生きる源を、たとえば水を奪われたような、そんな表情だった。 こんな顔は、知らない。近づいてくる視線を受け止めるしか出来なかった。 「、足りない」 触れる直前、限界のように零れた言葉。見詰め合ったまま、唇が重なる。 キス以上は、されていない。 あの後、するりと離れて俺を部屋へと案内した南沢さんはやっぱり南沢さんで。 自分からそこを突っついていく勇気はさすがになく、また日常に戻っていった。 その代わり、キスもおまけで付いてきた。 外やら人の目のあるところではされない、されてたまるか。 だけど二人きりの、ふと会話が途切れた合間に自然と重なることがたまーにある。 二ヶ月に一回くらいの頻度だが、それが多いか少ないかは謎だ。判断基準がなさすぎる。 そんなこんなで四年間。生殺しという単語が否定できなくなっている事実だけは認識できた。 卑怯だな、と思いつつも、相手の気持ちを受け止めきれるかの自信がない。 だいたい、俺は南沢さんを好きなのかどうか。こう考えるのも誤魔化しなのか。 |