望み


軽く触れた頬を撫でる前に寄ってきた体温。姿勢の関係とはいえ上目で見つめたまま自然な仕草で行われたそれは卑怯以外のなんでもなかった。

「だからお前そういうことすれば俺の機嫌直ると思って、可愛いけど、 くそ、可愛いなその目線やめろバカ、可愛いなお前!」
「南沢さんがデレデレですね」
「お前はもう少し表情と言葉に出せよ」

息継ぎを犠牲にした感情の吐露は清々しいほどに平坦な感想で霧散する。
本気で間髪入れず繋げられると一瞬で冷静になるものだと理解した。
思わず自分が馬鹿馬鹿しいどころか馬鹿としか思えない。
一度肩から手を離したタイミングで視線が逸れる。話を続けるにしても体勢をどうするか考えて微かな違和感。
机へ掌を突いて乗り上げる、驚く相手が思わず椅子を引いたので遠慮をやめて完全に座った。
勢いで後ろへ下がって開いた足の間から覗く椅子の座面に靴裏を当てる。逃がす訳にはいかない。

「もしかして、照れて」
「ねぇよ」
「お前が切り捨てるのは大概痛いところ突かれた時だからな」

指摘は遮られ、確信に変わった。
軽く奥歯を噛み締めるような挙動の後、鬱陶しそうに睨んでくる顔が好ましくて指を伸ばす。
口元に近づけると歯が覗いた。

「噛む?」

薄く開いた唇へぴたりと当てる。

「どうぞ」

相手がぞくりと震える感触が、指先から。
その事実に興奮を覚える。
小さくはみ出した舌が爪と指の間を舐め、歯が間接をなぞるようにしてから甘く甘く指の腹を噛んだ。
痛みなどほとんどない、くすぐったいくらいの愛撫。

「いつももっと噛むのに」

緩む口元に対して鼻で笑う倉間。視線の小生意気さが心地いい。

「その気になったら俺の負けだろ。本当に煽るのだけは一人前だな?」

くらま、と息だけで呼ぶといよいよ口に出してハッ、と笑われた。

「アンタの我慢が足りないんでしょ」
「理性蹴り壊しにかかってよく言う」

遊ばれたのとは違う指で頬を辿り、軽く押す。柔らかい感触を楽しみながら目を細める。

「お前は確かにわかりやすいよ、しかもこっちの機嫌の限界値を撫で回すしな」

反抗的にしながら拒むこともなく、次を示唆する時さえある。
素直かと思えば遠ざかり、届かなくなるまでは決して離れない。
余計に乾いて渇望して手を伸ばすし、それが狙いだとしたら大したものだと思う。

「でも俺も欲ばっか増える性質でさ、お前に言わせたくてたまんねぇの」
「何をですか」
「俺がいないと生きていけない、って」
「文言指定」

答える声に笑いが混じる、戯言だと受け取る態度を崩してやりたい。

「言うだけなら」
「心から」

添削すればお決まりの半目。何度目か分からない呆れた態度で意見する。

「脅しに近いですけど」
「脅してんだよ」

僅か目を見開くと、息を零して破顔した。

「ふは、凶悪」

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