隣においでよ神様 3


そして迎えた同窓会。
世間話のメールはぱったりと止み、忙しいのかあの空気がやっぱりまずかったのか悩んでいるうちに日が過ぎた。
なんとなく行き辛い気持ちを抱えつつ、逃げる筋合いもないので旧友の待つ会場へ向かう。
店員に案内された一室は飲み始めてもないくせに若干出来上がっており、 当時と変わらぬ騒がしさを誇っていた。
目敏く気付いた天馬が大声で自分を呼び、視線が一斉に集まる。 わっと駆け寄ってくる後輩一同はボディブローの勢いだ。 頭を押さえて顔を押しのけて、あしらったり、つい怒鳴ったりしていると浜野が面白がって笑い、 速水が口元を押さえた。 霧野は遠慮なく爆笑し、神童は堪えようとしたのち吹き出した。 三国をはじめとする先輩方と錦と女子三人は微笑ましく笑ってないで何とかして欲しい。 出入り口でごちゃごちゃしている間に一乃と青山も到着し、 完全に傍観者だった剣城と狩屋にこの野郎の視線を送りながら倉間は促されるまま席についた。

「先週ぶり」
「…ども」

流れとはいえ、よりによって何故この配置になるのか。
何の代わりもなく挨拶を寄越す南沢の隣に座り、いきなり疲れた気分になった。

幹事による乾杯の音頭は無法地帯の合図となる。
未成年組はもちろんジュースな訳だが、酔っていなくても煩いものは煩い。

「つるぎ飲んでるー?」
「場酔いかお前は」
「えー剣城くんノリ悪ーい」
「女子か」

律儀に突っ込む後輩の生真面目さは肩を叩きたくなる衝動に駆られる。 だが絡んで自分が標的になるのも嫌なので心の中でエールを送っておいた。 最初に座った場所など意味を成さなくなり、あちこち呼んだり呼ばれたり、来る前のもやもやはすっ飛んで、 気が付けば大声で笑い合う。ずっと続くような、懐かしい空気。
宴もたけなわ、ラストオーダーを過ぎる頃、二次会のカラオケの話が出る。 翌日を考えて辞退する者の流れに乗って、倉間も帰路へつくことにした。 軽く肩を叩かれる感触、油断して振り向き目を瞠る。

「途中まで」

短いその言い方に、拒否の選択肢は与えらぬと悟った。

静かなる帰り道、正直いって酔いなど覚めきっていた。
誘ったくせに一言も発しない南沢がイラついて仕方なかったので自分から口火を切る。

「なんか、あんじゃないすか」
「喧嘩かよ」

不機嫌な低いトーンは何故か相手の笑いを呼び、ふ、と吹き出した顔が覚悟を決めたように視線を流した。

「気付かれたかと思ったけど」
「なにが」
「俺、お前に片思いしてた」

昨日の課題やり残した、そんな雰囲気の声が落ちる。
促した唇の動きのまま固まった。

「超青春」

呟いて告げる表情は吹っ切れたような、柔らかいもの。
口を閉じてすぐ、子供みたいに笑った。ざあっと吹き抜ける風、ではなく、感情。
頭の隅に予感が走る、少し距離のあった相手の袖を思わず掴む。

「おれ、また南沢さんと会いたいです」

意味も理由も考えずとにかく言った、踵を返そうとしていた南沢の足元が躊躇う。
言うだけ言って去ろうとしたんだろう相手は困った様子で一度口を噤み、歯切れ悪く言い訳を始める。

「俺もさー、純粋な、まあ当時が真っ白だったかはさておき、ガキじゃなくなってるからさ」

掴まれた袖にちらり視線を寄越し、軽く首を振る。

「引きずるのはよくないなーって思うわけ」

自嘲気味に軽く笑う。
苛立って衣服ではなく手首を掴んだ。

「そーゆーのいいんで、今の話が聞きたいんすけど」
「またまた」
「誤魔化すな」
「倉間」

笑ってかわそうとするのを問い詰めたら真面目な声。
諌めるその顔は怒りではないが責めている。もう突付くな、穿り返すな、これ以上はやめろ。
『やめろ』なんて、むしろこちらが言いたかった。自己満足に付き合うつもりはない。

「久々だからテンション上がってるだけだって」
「俺は!アンタがいいんだよ!」

カッとなって叫んだ内容に相手も自分も驚いた。
作ったみたいだった笑顔が消えて、ぽかんと瞬く南沢の顔。
働かない頭で口を動かす。

「え、と」
「お前、俺のこと好きなの」
「そうですけど」
「えっ」
「え」

呆然と問うてきた核心にまたもや無意識に答える。 するする流れた音の意味が双方の混乱を深めた。
よく分からない膠着状態は長かったのか短かったのか。
やがて、片手を顔に当てた南沢が息と一緒に吐き出した。

「完全に酔い覚めたわ」

泳ぎ気味な相手の視線は自分を見ては周囲に戻り、無言のまま見つめ返すことしばらく、 観念した声色で敗北を告げた。

「あー、とりあえず、俺んちくる?」

掴んでいた手首を離し、横に並んで手を繋いだ。
触れた手のひらは驚いたように微かに震え、しっかりと握り返してくる。

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