隣においでよ神様 4


「彼女、いたことあるけど一回出かけたら大体それで終わりだったな」
「へー」
「なんか違うわって思って」

一人暮らしだという相手の部屋にお邪魔して飲みなおしたところ、何故か交際履歴の話になった。
飲むのはまあいいとして、あの流れでこの話題は微妙すぎる。心情的に。
フローリングに小さな机、向かい合っての謎展開。

「キスもしてない」
「え」

簡単に言い過ぎて聞き流しかけ、思わずガン見する。
何をそんなに驚くことが、とでも言いたげな相手は不思議顔のまま更に繋ぐ。

「ずっとお前好きだったし」
「純情キャラだったんですか」

自分で言ってそれはねえよ、と瞬時に思った。

「お前は」
「え?」
「経験」
「…………キスまでなら」

答えるのが当たり前の空気に逆らえず、苦虫を噛み潰すよう口にした。
相手の眉が僅かに跳ね上がる。

「そんなあからさまに」
「まあ、キスまでなら俺の勝ちだな」
「は?」
「お前のファーストキス(暫定)は俺だ」
「はああああ?!」

分かりやすい不機嫌を呆れる間もなく、あっさり切り替え、ひとりごちる。
何を言いだすのかと思えば信じられない爆弾を落としてきた。
わざわざ『かっこざんてい』まで口で言わなくていい。

「中学ん時、寝てるとこ奪った」
「う、わー……」
「なんだその顔」

引くとかそんな生易しいものではなかった。
そこまでしておいて行動を起こさず終わらせて諦めて今になって会ってみれば清算しようとする。
つくづくどうしようもない男だ。

「あー、あのちっちゃいときに抱き締めとけばよかった」
「喧嘩売ってんすか」

心からの後悔とばかりに溜息をつくのに半目で睨む。
悪びれもなく、戯言は続いた。

「懐かしむくらいかわいいもんだろ、俺おまえで抜いてたわけだし」
「?!」
「お前が一番興奮したもんな、結局」

本日二度目の絶句は身の危険を感じる恐ろしさ。
隙間から覗く舌が唇を舐める、その視線に震えて床に手を突いた。

「純情撤回」
「離さねぇよ?」

すばやく机を回ってきた相手が寄ってくる。
逃げる前に肩へ手が掛かる。真顔すぎて本気で怖い。

「大丈夫、まだしばらくはしない、たぶん」
「たぶんってなんだ!つーか大丈夫の意味が不明!」

すぐさま跳ね除ける体勢にいこうとすると、顔が近づいて覗き込む。

「お前がいることを堪能するから、傍にいればいい」

真剣だった、命令形に近いくせに懇願に思える、それでいて安堵を含ませた複雑な何か。
心底噛み締めるよう言われては、反抗も出来なかった。
これだけダイレクトな表現をしておいて、肩を掴む以上の行動がない。
譲歩するのは癪なものの、抱きついてやらないと腕も伸ばせない男のために倉間は大きく溜息をつく。
唇だけ、ばーか、と動かして、拗ねる顔を見届けてから目を閉じた。

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