隣においでよ神様 2


同窓会の日程は各自の予定を鑑みて一ヵ月後となった。
付き合いのいいことに当時の雷門メンツが勢揃い。居酒屋の大きな一室を貸し切っての飲み会が決定した。
南沢とはあれからちょくちょくメールしている。 内容は普通の雑談で、テレビやニュース、その日の出来事なんかを短く交わす。 すぐに途切れるだろうと思ったそのやり取りは、意外にも続いている。

風呂上がりで自室へ戻り、携帯の点滅を見て片手で確認。 ついさっき届いたばかりのようだ。
カコカコと簡単に返事を打ち、送る。 あまり間をおかず着信が鳴った。

「は?!」

タオルを取り落としそうになりながら慌てて通話ボタンを押す。

「もしもし」
「起きてた?」
「はい、どうしたんすか」
「声が聞きたくなって」
「は、い?」
「嘘」

何か急用かと聞いてみれば思ってもみない理由が返る。
淡々としていた声は最後の単語で笑いを含んだ。からかわれたのだと気付く。

「お前、明日とか、明日じゃなくてもいいけど、帰り暇?」
「授業は夕方までなんで空いてますよ」
「じゃ、飲むか」
「はあ」

文句を言う前に脈絡のない誘いが降ってきて、ついつい素直に答えてしまう。
確定事項になってしまったらしい飲みの予定は、相手のおやすみという挨拶によって脳へ到達する。
耳から離した携帯をじっと見つめた。


「よ、久しぶり」

片手を上げる南沢に会釈で返す。染み込んだ後輩のサガである。
中学以来、三年以上会ってないだけあって受ける印象がだいぶ違う。 まず、雰囲気が柔らかくなったし、前よりずっと背が伸びた。 自分も伸びた方だとは思うが、目線が少し上向く形なのが少々悔しい。
そんなことを考えているうち、相手がやけにまじまじと見つめてくる。

「なんすか」
「いや、思ったよりでかいなと」
「蹴っていいですか」

再会早々、不快指数が上がった。

じゃれ合いを終えて向かうのは駅近くから少し外れた創作料理店。
慣れた様子で注文するのがいかにも常連だ。

「よく来るんですか」
「ん、ひとりで」

おや、と思う前にメニューを差し出された。 何を疑問に思ったのかを忘れて、文字を追う。
一杯目のグラスを傾けて軽く鳴らし、晩餐が始まる。
相手はなかなかに饒舌で、倉間は聞き役に徹していた。
あれこれそれと流れ出す話題がいつしか過去に辿り着いた時、飛び出したものがあった。

「俺、変わるのが嫌だったんだよ」
「サッカー部が?」
「いろいろ」

口に出しておきながら誤魔化すその矛盾。追求するのは簡単でも答えはきっと出てこない。
アンタにとってのサッカーはずっと変わりはしなかったくせに、思うだけで今更だ。
しみじみした回想へ突っ込むのも無粋だろう、思い出とは美化されるものだから。
最初に自分から変わっていった人が、とも言わなかった。
それほど子供でもないし、上手く茶化せるほど大人でもないので。
曖昧な相槌を打つのを相手はただ笑って見ていた。

ほろ酔い気分の南沢は上機嫌で、帰り道もよく喋った。 雄弁と無言の差が激しい、のは己も同じかと自嘲する。
よくこうやって、意味もない会話を並んで繰り返したはずだ。
はしゃいで笑って馬鹿をやって、一瞬で駆け抜けた子供の日常。

「よく、俺だって分かりましたね」

ぽつん、と漏らしたのはきっかけの電話について。
名前を呼ばれて震えるほど驚いた。そこまでは伏せるにしても、疑問は残る。

「だってお前の連絡先残してたし」

事も無げに返された事実に言葉を失った。

「発信者見て目ぇ疑ったよなー、マジで」
「な、なんで」

けらけら笑いながら歩みを進める南沢を追いかけて問いかける。 一拍遅れた疑問の意味は特に歪むことなく届いたようだ。 ぴたり、足を止めて振り返った顔が街灯に照らされて静かに笑う。

「俺はお前が可愛かったからな」

呼吸を忘れた。自分を見るその瞳はフィールドを駆ける勇猛なものでも、小馬鹿にしながら楽しむものでも
時折見せた先輩としてのものでも、ない。

「なーんて、嘘」

刹那、口の端を上げて表情を崩したその人は、よく知る南沢篤志に戻っている。
しかしそもそも、自分はこの存在をどこまで理解していたというのか。
軽く片手を振る後姿が、記憶の一場面と重なった。
たわいのない、いつかの帰り道と。

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