隣においでよ神様


携帯の画面と睨み合ってそろそろ十分が過ぎた。
無理と言えば良かった、今からでも遅くない、繋がらなかっただの番号失くしただの言い訳なんていくらでもある。
いくらでもあるのに、降って沸いた切っ掛けというものを投げ捨てることがどうしても出来ない。
長い間気にも留めなかったイコール自分には必要がないんじゃないか、そう思うし考えるけれど 自分の手はいつまでたっても携帯を閉じてはくれないのだ。

大学に入って二回目の春。すなわち二年生。
去年受けた洗礼である新歓コンパは今度は催す側になる。
二年、この学年になると必ず思い出してしまう相手がいた。
かっこつけで、頑固で、いい人かと問われると答えに悩むものの憎めない、先輩。
FWの看板を共に背負った憧れの上級生。
繋がりなんてものは簡単に断たれやすく、転校してそのまま卒業した彼とはそれきりだった。
雷門メンバーは小規模ながら局地的グループで集まったりもするが、 同じ学校という枠組みがなければ疎遠になることは珍しくもない。 もはや腐れ縁となりつつある浜野や速水を除いてはそうそう会うこともなかった。
寂しい、かは少し分からない。ただ漠然と、そんなものなんだろうと、思う。

その浜野から電話がかかってきたのがつい二十分ほど前の話である。
なんてことのない雑談からしばらく、ふいに思い出したように電話口で声が上がった。

「そうそう!今度同窓会やろーって速水と言っててさー」
「言ってたのは主にお前だろそれ」
「まあまあそう言いなさんな。そんで、折角だし雷門サッカー部で集まりたくね?ってなって」
「おう」

まくし立てる浜野に軽い相槌、発言比率は基本的に3:7だ。 たまに4:6になるが、いずれにせよ聞き役が回ってくる。 携帯片手に雑誌を捲りながら答えていた倉間は、返事の後、ページをつまみ損なった。
サッカー部。確かにそう言った、そう聞こえた。

「で、倉間は南沢さんに声かけといて」
「はあ?!」
「連絡網みたいにしてもらうつもりだけど、なるべく俺らが声かけれる分はかけちゃおっかなーと」
「いや、そうじゃなくて」
「じゃ、速水に電話するからよろしくー」
「ちょっ」

了解を待たずに通話が途切れる。
端末を握り締めたまま少しだけ硬直した。

メモリに残る、その名前。
機種変更を繰り返し電話帳を移行して、整理するたびに何故か消さずに置いてある番号。
さすがにアドレスは変わっただろう。番号は会社を変えても同じ可能性が高い。
しかしこのブランクをものともせず掛けられたらハッキリ言って図太い。
第一、番号が他の人に渡っているならどうしようもない。
受験でもこんなに緊張したか、それくらい精神的プレッシャーだ。
デジタル数字がまたひとつ進むのを見つめ、大きく息を吸い込む。
ええい、ままよ。別人なら謝って済まそう、覚悟を決めて発信ボタンを押す。

「はい」

幸か不幸か、3コール鳴るあたりであっさり繋がった。
思わず息を飲む。数秒の無言はどう考えても悪戯電話だ。
やばいと分かりつつも声が出ない。

「もしもし?」

訝しげな声が耳に届く。警戒を含ませたその音。
たった二言なのに、確信する。これはあの人だ。

「あ、あの、」

どうにか出した言葉は明らかに怪しさ倍増で、シャキッと喋れよ!と自分で思うがどうにもならない。
切られても仕方ないその状況、再びの無音を経て聞こえてきたのは、信じられない反応だった。

「………倉間?」

心臓が跳ねる。

「は、はい」
「久しぶりだな、どうした」
「浜野が同窓会する、って」
「お前らまだつるんでんの?」

柔らかい響きから零れる笑い。そんな優しい声を出されたことがあったかどうか。
遠い記憶は曖昧だ、いや、自分で曖昧にしてしまったのかもしれない。
落ち着きのない状態で会話を進めたのち、これから出かけるからと相手が切り出した。

「お前、キャリア変えてる?前のままなら番号でアド送る」
「あ、一緒、です」
「ん、わかった。じゃあまたな」

通話が終わり、端末を持った手が落ちた。
息を吐いて脱力する。

「また、…か」

ショートメールの受信を確認して、倉間は視線を泳がせた。

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