gracias! 5 頭は打ったが後遺症もなく、命に別状なし。まあ、安静にするように、なんて軽く言ってのける医者に見当違いの恨みがましい視線を向けて、退室するのを見送った。 「余計なことしやがって……」 「あはは、また怒られてもた」 最初に駆けつけてきたのは最悪にもジャガイモ野郎の兄だった。テキパキ指示を飛ばすのは頼もしくもありがたかったのだが、意識のないスペインを前に散々テンパった自分を見られたのは未来永劫の恥である。あいつ絶対からかってくる、後から絶対からかってくる…!そしでスペインに言いやがるんだよ、ああああああ考えただけで死にたくなる! 俺がこの先の受難を考え身悶えていたら、相当怒ってると勘違いしたのか、スペインが、はあ、と息を吐く。 「俺、ロマーノに怒られてばっかやなあ」 ぴたり、止まってスペインの方を見ると、困ったように笑った顔が俺を見て微笑みに取って代わり、柔らかく綻ぶ。 「でも、お前が無事でよかった」 心からのその言葉が、腹立たしいなんてもんじゃなかった。 「馬鹿野郎っ!」 立ち上がって力の限り叫び、ベッドに拳を打ちつける。 本当に馬鹿だ、大馬鹿野郎だ、無限大に馬鹿だこいつは。 「なんっ、なんでそうやっていつも、簡単に俺のために無茶してっ……」 目から次々こぼれ落ちる涙なんかに構っていられない、すすり上げて腕で拭って、スペインをひたすら睨み付ける。 「お前が大丈夫だ気にするなって笑うたび俺がどんな気持ちだったと思ってんだちくしょうが!俺はもう子供じゃない、お前に守られてるだけじゃない、ちゃんと歩けるんだ、進めるんだ、」 涙が邪魔して、声が歪む、でも言わなきゃならない。 「お前だって…守れるんだ」 瞳を合わせて言い切ったのが限界だった。後から後から涙が溢れて、それこそガキみたいに大声でわんわん泣いた。 ベッドの上で泣き崩れる俺に、迷ったようにスペインの手が触れて、そっと頬を撫でる。しゃくり上げて見つめると、スペインも泣きそうな顔だった。 「ごめん」 「謝るな」 「せやけどごめん」 繰り返し謝ってくるのにまた涙が止まらなくて、ギッと睨むと、違うとでも言いたげに手を振って、スペインが降参、だなんて呟いて口を開いた。 「俺、お前が可愛いんよ」 は?声に出してぽかんと口を開ける。 何を、言っているんだ、こいつは。 俺の見つめる先で違う違うと連呼するスペインは、心底から吐き出すように言葉を紡ぐ。 「子ども扱いとかそんなんやなくて、お前がめっちゃ大事や。できることならなんでもしてやりたいし、体も勝手に動く。でもそれって、俺の我侭なんやなあ……」 終わりの一言で声を落とすのを見て、胸がざわめいた。 「ちが…」 あれこそ違うのだ、誤解を解こうとしたのを遮られる。 「そう思って、ちょっとお前と距離取ろうとした。ごっつしんどかった、あかん、俺、ロマーノにあっさり接するとか無理やわ」 一気に語られる想いの吐露は深刻な響きを伴っていたはずが、自己完結した本人の感想によって悲壮さをどこかに追いやってしまった。 「は…?」 まったくついていけてない俺を置いて、スペインは清々しく宣言した。 「俺、お前が嫌がっても甘やかすのやめるつもりないから」 「て……てめぇは今の話聞いてたのがあほちくしょう!」 俺の葛藤を返せ、後悔も返せ。悩んで悩んでぐるぐるしてこんなことになったっていうのに根本がそのままじゃ何もならないんだ。 なのにスペインは落ち着いた声で、宥めるように俺に言う。 「聞いとったよ」 「じゃあ、じゃあなんでそんなこと言うんだよ!それじゃ今までと変わらねぇだろ!」 「変わるで」 文句をぶつけるその前に、爽やかな笑顔を浮かべて明るくとんでもない提案を示した。 「ロマーノも俺を甘やかしてくれたらいいねん」 「ばっ…!」 かじゃねぇの、という言葉は抱き寄せられて言い切る事ができなかった。早鐘みたいに響く心臓の音が相手に伝わってしまいそうで、っていうか絶対バレてるだろちくしょー! それでも振り解くなんて出来ない俺に、スペインがたまらないという風に頬を寄せる。 「ほんまにもー、この子は悩まんでもええことで悩んでもて。放っとかれんわ」 じわり、涙がまた滲む。目元の雫を指で掬い取って、耳に温かい声が注がれる。 「ほらほら、泣かんとき」 「うるせー!」 叫ぶのも全く意に介さず、機嫌よく頭を撫で続ける。 安心するのが物凄くむかつく。思わず言わないでおいたそもそもの原因が口をついた。 「…結局子ども扱いかよ」 「そんなことあれへん」 どこが、そう問い詰めるつもりができなかった。 ちゅ。軽い音を立てて重ねられた唇は、温かい。 目を見開いた俺に意地悪く微笑んで、保護者だった男が瞳を覗き込んでくる。 「ただの保護欲ではここまで甘やかさんけどなあ?」 ぱくぱくぱくぱく。金魚の如く口を開け閉めするのをにこにこ見つめ、もう一度ゆっくり唇が重ねられた。反射的に目を瞑ると笑う気配がして、ぺろりと舌が唇を舐めて開けと促す。おそるおそる隙間を空けると待ち構えたように差し入れられ、舌が捕まった。鼻から抜けるような声が漏れ、長いキスに息が上がるもスペインは開放してくれず、 唇が離れる頃には悪態をつく元気もなかった。 「おま、そんなことひと言も…っ」 「えー、だってロマーノに嫌われたなかったし」 しなを作って答えるのが普通にイラッとする。 「い、いつ、いつから」 「んー……お前が独立したくらいやろか。なんやお前がおらんとやる気でぇへんでなあ」 顎に手を当て思い出す仕草でゆるーく語られる衝撃の事実。喜ぶところなのか、ここは喜ぶところなのか? 「俺が、」 「どした?」 わなわな震えるこの怒りのやり場を、俺はひとつしか思いつかない。本人だ。感情に任せて首を思い切り締め上げた。 「俺がどんだけ悩んだと思ってんだ!マジでくたばれこのやろっ」 「ちょ、ロマ、首絞まる、ていうか絞まってる、ぐぇっ…」 潰れた蛙みたいな声が出たところで腕を放す。よくよく考えれば絶対安静だった気もしないでもないが、どう考えても元気なので問題ないだろう。解放して、どさりと倒れこむスペインに覆いかぶさって唇を奪う。ぱちくり、目を瞬かせた相手を覗き込んで、強請った。 「待たされたぶん、責任とれ」 「いくらでも」 当たる手のひらに頬をすり寄せると、少し強く引き寄せられた。胸が満たされるのを、感じる。 |