gracias! 4


夢を見た、また昔の思い出だった。
オーストリアの元で過ごしてかなり経ち、俺はある事を決意するに至る。
独立。国家としてヴェネチアーノと立ち上がる意思を持ち始めた。ずっと離れて暮らしていたからお互いの気持ちもよく分からなかったけれど、そのままでいいとは二人とも思っていなかった。何より、ことあるごとにスペインの教育にけちをつける周りの評価が腹立たしかった。俺が怠け者だったり不器用なのはスペインのせいではなく、俺の能力不足だ。むしろこんなめんどくさい子供を放り出さずいてくれたのはスペインが初めてだった。あいつが誇りに思えるような、そんな国になりたい。独立を願うには、これ以上ない理由。誰にも言わず、胸の中だけに秘めた決意。実現はそう遠くない、はずだった。

「ごめんな、迎えに来てもうた」

視界に広がる見慣れた旗印、駆け寄る相手は満身創痍。謝る意味がわからない、そこまでする意味も分からない。何も言えずに立ち尽くす俺に、スペインは目を細めて笑いかけ、手を差し出した。

「ロマーノ、帰ろ。俺、お前がおらんと寂しいわ」

その手を取ったと同時に涙がこぼれた。

目を開けて、頬が濡れていることに気付く。夢で泣くなんて馬鹿馬鹿しい、本当にくだらない。
大事にされてきた、とてもとても大事にされてきたのだ。自分には見せないスペインの別の顔も、怖くはあっても嫌だとは思わなかった。
俺にはスペインがいないと駄目だ。当たり前のことを再確認してどうする。それを壊したのも自分なのだから、本当に馬鹿だ。


何かと理由をつけて仕事をばっくれ続けてしばらく、いよいよマジギレしかねない上司にしぶしぶ頷いて、久しぶりに会議に向かった。
珍しく議題があっさり終わって、解散の号令と共に部屋を出る。誰にも絡まれたくなかったので早々に遠くの自販機へ足を向けてコーヒーを買った。しばらくは雑談だったり帰りの打ち上げ相談できっと騒がしい、帰る時間を見極める為に、たまにこうやって時間をつぶしていた。
息をついて視線を上げて、缶を取り落としそうになる。スペインが、ゆっくりとした足取りでこちらに歩いてきていた。当然といえば当然だった、避難場所にここを使えばいいと教えてくれたのはスペインで、待ち合わせのように使ったことだってあった。俺は本当に考えが浅い。
あれからスペインにはほとんど会っていない。今まではどちらともなく機会を作っていたから、いつでも会えた。
でも、あの日からスペインは必要以上に自分に構わなくなり、接触がみるみる減っていった。それを寂しいと感じる権利なんて、微塵もない。夢を見る回数に比例して、深く眠れなくなってきた。頭が鈍く痛む。
少し距離を開けて座るベンチ、当たり障りのない言葉を交わして、気まずい時間が過ぎていく。

「ロマーノ、疲れてるんとちゃう?」

目の下にうっすら出来た隈を見咎めて、スペインが自然に手を伸ばす。が、触れる直前、はっとしたように止まり、無理したあかんよ、と言うに留まる。その行動に、奥歯をきつく噛み締めた。
ぐ、と一気にコーヒーを煽って投げ捨てる。ゴミ箱に当たった缶は入らずに落ちて、思わず舌打ちをする。立ち上がる前にスペインが動いて、空の缶を拾い上げた。

「無糖も飲めるようになったんやなあ」

ぽつり、呟く台詞が宙に浮く。

「当たり前だろ」

素っ気無い言葉しか出てこない。言いたいのはそんな乾いた台詞なんかじゃないのに。

「うん、ごめんな」

謝るな。それさえも口をついて出ない。この空間にすら耐えられず、勢いよく立ち上がる。焦る気持ちが衝動となって走って逃げてしまおうかと思ったところで、ぐらり、世界が傾いた。

「ッロマーノ!」

急に立ち上がったからか、寝不足による体力低下と精神の不安定がミックスされて、見事な眩暈を引き起こす。
視界が暗転する直前、スペインの声を聞いた気がした。

「……ん?やべ、頭いてぇ」

ぼんやり意識を取り戻し、頭部に手をやろうとして違和感。自分を抱きしめる腕、体温、不安定な姿勢。 
視線を巡らせると、スペインが自分を庇って倒れこんでいた。

「…スペイン?おい、スペイン!」

返答はない、目を閉じたスペインの頭はベンチに当たっていた。つまり、頭を激しく打ったかもしれない。背筋が凍る。

「だ、誰かっ、誰か!」

スペインを抱えて声を張り上げる。そんなのは嫌だ、絶対に嫌だ、そんなことがあってたまるか。バタバタと駆け寄ってくる足音が響く。搾り出すような声で懇願した。

「スペインを助けてくれっ…」


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