gracias! 2


最初にスペインと離れたのは、あいつがボロボロになった頃。俺を守る為に散財して、上司に何度も怒られて、それでも手放さないでいてくれたけれども、さすがにもう限界だった。

「オーストリアんとこ、うちよりええかもしらんで」

穏やかに笑う傷だらけのスペインに何も言える訳がない。
優しく撫でる手のひらの感触を俺はずっと忘れなかった。

支配国が変わってしばらく経って、規則正しい生活についけるはずもなくて、何度もオーストリアに怒られた。心配そうに自分の傍をちょろちょろするヴェネチアーノが嬉しい反面、不器用な自分が嫌になる。
正直、俺は拗ねていたのだ。
別れがたかったのは自分だけなのかと、だからってあの場で泣き叫んだところで何が変わっていたのか、と。
もやもやする胸のうちは燻って、ずいぶん気持ちが悪い。
だから唐突に起こった出来事が信じられなかった。いつものように雑用を命じられ、ハタキ片手に本棚へ手を伸ばす。途端、響き渡る破壊音
玄関近くの部屋まで届くその声は紛れもなくスペインであり、敵襲を恐れて縮こまった身体が勝手に動いた。
足をもつれさせながら走り、僅かに開いた扉の隙間からおそるおそる覗く。外門から入り口まではそこそこの距離がある、全開にでもしない限りそうそう気付かれはしないだろう。
狭い視界に映るのは、尖った空気で対峙するスペインとオーストリア。思わず息を飲む。門のすぐ横の塀へ突き刺さる刃が石と土を削りながら宙へ浮く。ぱらぱらと落ちる欠片が赤く見える錯覚。
一触即発のその中で、あくまで貴族然とオーストリアが片手を振るう。

「人様の家にいきなり殴り込むなんて、お行儀が悪いですよ」

言い終わる前にハルバードが空を切り、髪を数本散らせて首元で止まる。怯えなど一切なく真っ直ぐ見つめるオーストリアは微動だにしない。後ろに控えたハンガリーが息を飲む。

「ええからはよロマーノ返せや」

早口で捲し立てられた言葉に抑揚はほとんどない。低く地を這うような声で告げた意味を理解する前に、オーストリアが冷たく言い放った。

「然るべき方法でおいでなさい」

そんな傷だらけで何が出来ます。続く言葉を笑い飛ばし、スペインがハルバードを引いた。最後に会った時より傷が増えている。痛々しいその姿でなお、身に纏う覇気は衰えを見せなかった。

「やったら全力で取り戻したるわ」

あの時、隠れて見ていた事実を、スペインは知らない。


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