Never Surrender 4 また数日が経った。あれから海馬と城之内は顔を合わせていない。モクバとさえメール連絡がやっとなのだから、社長である海馬はもっと忙しいのだろう。大会を来週に控え、いよいよ準備も大詰めらしい。遊戯もデッキ調整に余念がなく、二人で会えば自然、大会に向けての意気込みを語り合っていたりする。城之内も自らのデッキを何度も見直し、自分なりのこだわりを持って当日に臨むつもりである。 ただ、ふとした時に気になるのは海馬と話したあの日の夜。苦しげに自分にぶつけてきた感情は間違いなく怒りだったし、そうとしか思えない。考えれば海馬の多忙さは真実でもあったと同時に自分を避ける手段ではなかったのかと。そこまで嫌われていたとは思わなかった、なんてのはおかしいかもしれないが、海馬にとって自分はどうでもいいもの、歯牙にもかけない存在、と認識していたのだ。だからこそ、ぶっ倒してやるだの噛み付いてもいたが、バトルシティが終わって海馬が渡米してもうひとりの遊戯を見送って――そんなことしているうちに進級どころか卒業までしてしまえば、そこまでつっかかる意味も必要もなくなった。第一、本人がいなければ出来もしない。 海馬が帰国してから今日まで、モクバを通じて見知った海馬は予想以上にまともな社長ぶりであった。性格が気に食わないのはもう分かっているとして、同い年で大成している部分に関しては素直に賞賛の気持ちがある。本人を前にして言った所で鼻で笑われて喧嘩になるのが関の山ではあるが。 自分でもお人よしな自覚はある、だがしかし、割と関わってしまった時点で、もう知人以上の認識なのだ。知るかあんな奴、じゃなくなっているのが情けない。 バイトの帰り道、疲れやらなにやら、色々なものを含んだ溜息をひとつ、大きく吐き出した途端、城之内は目を見開いた。 テレビでしか見たことのないような高級車が目の前で止まり、中から予想だにしない、ある意味予想できるけれどもそんなはずはないだろうという人物が降りてきて言った。 「城之内、貴様を浚いに来た」 車内は非常に気まずい空気に満ちている。城之内は正直、帰りたくて仕方がない。 いきなりトンデモ発言をかましてくれた社長様は、反応できない城之内を助手席に引っ張り込み、早々に車を発進させた。どこへ向かうのか分からない道中、混乱する頭をなんとか動かして問いかけられた言葉がこれだった。 「お前、免許持ってんだ…」 「当然だ、不便だろうが」 そーですね、なんて半笑いで返すのが精一杯。数時間経過したような気がするが実際は数分くらいだと腕時計で確認し、とにかく沈黙が辛いので口を開いた。 「あれじゃね、お前すげー忙しいよな?」 「きちんとした日本語を話したらどうだ」 「忙しいのに何の用かって聞いてんだよ!」 しれっと嫌味を言ってくる態度にイラついてついつい声を荒げてしまう。だが海馬は上機嫌に城之内を一瞥すると、それでいい、と呟いた。 「他の予定を詰めるだけ詰めて時間を作った。今日だけだ、あとは大会が終わるまでほぼ身動きが取れんな」 「そこまでして拉致んのが何でオレなんだよ…」 「貴様でなければ意味がない」 言うが早いか、車が停止した。ずっと見ていた横顔が向き直り、降りろと口が動く。 「場所など何処でもいいが、しっかり聞かせなければならんからな。邪魔が入っては困る」 リンチか!城之内がそう思ったのも仕方がないかもしれない。言い回しが悪すぎる。 思いっきり警戒しながら車を降り、見回した場所は高台だった。そこそこに町を見下ろせる景観の美しいこんな所で血生臭い争いもどうか、見当違いのツッコミをしようと海馬に向き直り、瞬間、腕を引かれる感覚に反応が出来なかった。 バランスを崩し、倒れこんだかと思えばしっかり支えられ、状況を把握する前に顎に手をかけられる。 「ん、っ…」 触れる温かさに目を開くと海馬の顔が至近距離にあった。当たっているものが何かだなんて、確認する必要があるだろうか。パニックに陥る意識の片隅で、瞼を閉じた相手を見つめ、こいつ睫長いんだな、だの他人事のような思考が働く。しっとり押し付ける唇が離れ、舌で隙間をなぞられた途端、身体が震え、力の限り突き飛ばした。 「なんなんだテメェ!」 城之内は息を吐き、口をぬぐって相手を睨みつける。 しかし海馬は何処吹く風ですたすたとまた距離を詰めてきた。その目はどこまでも真剣である。 「浚いに来た、と言った筈だ」 「待て待て待て待て、本気で待て。俺が置いてきぼりだ」 尋常じゃない雰囲気を感じ取り、順序立てて話せと城之内が請求する。不機嫌そうに腕を組み、海馬は淡々と語り始めた。 「気づいたのはごく最近だ、どうにも貴様の存在が癇に障る」 「そりゃーどーもすみませんね。昔から十分馬鹿にしてただろ」 「そうだ。だが手近にない方が更に癪だ、だから浚うことにした」 「説明になってねぇよ!」 「煩い黙れ!貴様が…!」 叫んだ城之内の倍の声量で海馬が呻いた。 腕を振りかざし、空を掴んだ拳がギリギリと震える。 「貴様がただの能天気ならばオレとて惑わされずに済んだものを…!」 憎しみさえ感じられる声は呪詛のように響き、城之内は押し黙った。 「己が危機に瀕しながら妹を救い、お友達ごっこに命を賭け、オレの視界に入り込む…」 苦々しく呟く内容に、城之内は目を瞠る。この男は、もしかして知ったのだろうか。自分の闇を、どうしても捨て切れずに残る、己の中の暗いものを。いつから? 「お前、なんで…」 「オレとてモクバの為なら命を懸ける!」 この問答に意味はないと城之内は悟った。知られて困るものじゃない、それをどう感じるかも、全ては相手次第なのだから。 「全てが目障りだ、全てが鬱陶しい、オレに噛み付くくせに何故オレを視界に映さない」 研ぎ澄まされた、底冷えする眼光が城之内を捕らえる。 「貴様はオレを見ていればいい」 激情の全てを込めた視線が、射抜く。 ぐらり、足元が歪んだような錯覚を覚える。無意識に後ずさった城之内の腕を、海馬が掴む。身体に走る緊張。 「時間をやる」 「へ?」 顔を上げれば海馬はいつもの涼しい顔に戻っており、行きと同じように城之内を車へと押し込め、帰路についた。 無言のドライブは城之内の自宅近くまで続き、何事もなく無事に降ろされる。 「大会当日まで会うこともあるまい、せいぜい足りん頭で考えておけ」 言い捨て、さっさと去っていく海馬を呆然と見送ることしかできなかった。 「なんでそんなに偉そうなんだよ……」 よくよく考えてみれば、激情に走った一連の言動をある意味、誤魔化したのかもしれない。自分がそのスイッチを入れてしまえる立場だという事実に頭を抱え、城之内は唸るしかなかった。 過去云々はだいぶ昔にごたごたの最中とはいえ、モクバから勝手に聞いてしまったわけで、自分の事情を相手が知っていようがまあ構わない。それや自分の行動を引き合いに罵られた挙句、告白されるとは思ってもみなかったが。 それよりも、それよりもだ。 海馬に、よりによってあの海馬に。 「あ、ありえねぇ……」 部屋に辿りついて崩れ落ちる。 あそこで何で殴らなかったのか。呆気にとられた、動けなかった、そもそも気持ち悪いとか思うべきだろう。うっかり受け入れかけた自分が本気で信じられない。 つまり、 「俺、嫌じゃなかったってことか…?いやいやいやいやいや」 毒されるな毒されるな流されてどうする。何故こんなことになっているんだ、どこから始まったんだ。 もはや、何が悪かったのか。 |