Never Surrender 3


武藤遊戯が決闘者として復活した数日後、城之内は休講に詰め込んだシフトを消化すべくバイト先へと向かっていた。鼻歌交じりで歩く道すがら、何気なく落とした視線がかち合う。見覚えのある大きな瞳におや、と思う間もなく、

「城之内!ひっさしぶりだぜぃ!」

元気よく声をあげ、生意気な口調も懐かしい、海馬モクバが駆け寄ってくる。微笑ましいその様子に条件反射で頭にぽむ、と手を置いた。

「おーおー、ちっとは大きくなったか?何でも食えよ?」
「いきなり子供扱いすんなよなー。オレ背ぇ結構伸びたんだからなっ」
ぺちり、跳ね除けられた手を悪い悪いと振りながら改めてモクバを見てみる。確かに、海馬の後をちょろちょろついて回っていた時より目線が高くなった。もっとも、城之内自身も成長期が終わっていたわけではなかったので少し伸びているのだが。順当に年齢で考えればモクバも中学二年生、アメリカに行っていたなら飛び級くらいしているかもしれないが、ともかく思い切りそのまま、というわけもなかった。

「それよりさ、お前も知ってるか?兄サマが久々に日本で大会を開くんだ!」
「ああ、聞いた聞いた!遊戯もオレもバッチリ出るからな!」
 
ガッツポーズを作ってみせると、モクバがうろんげな表情になる。
  
「城之内大丈夫か〜?いくらバトルシティベスト4ったって根性だけじゃデュエルは勝てないぜ」
「何ぃ!オレだってちゃんと実力で勝ちあがってたろーが!」

軽くこづくような仕草をすれば、表情を取り払い、楽しげに笑って手を叩いた。

「へっへー、さっきの仕返し。ちゃんと楽しみにしてるから頑張れよ!」
「ったく、相変わらず口の減らねーとこはそっくりだなお前ら兄弟は」

先日の悪態を思い出し、城之内が微笑ましさと複雑さを併せ持った笑顔になる。 

「え?城之内、兄サマに会ったのか?」
「偶然な。ほとんど話してねぇけど…っと悪い!そろそろオレ行くわ、バイトなんだよ」

慌しく駆け出そうとする城之内を引き止めて、モクバが何かを取り出した。

「あ、それじゃこれ!オレの名刺、メアドとか書いてあるから!」
「サンキュ!またな」
 
小さなカードをポケットにねじ込み、急ぎバイト先へと向かう背中を見送って、モクバはふう、と息をついた。

「城之内こそ、相変わらずって感じするけどなあ」

誰にともなく呟いて、ほどなく自分も歩き出す。 思わぬところで始まった交流に、胸が躍るのを感じながら。

 

久々に寝るだけではない帰宅をした海馬は、聞こえてきた名前に耳を疑った。

「もしもし、城之内?」

理解不能で頭が処理し切れていないうちに会話は終了し、モクバがこちらへと顔を向ける。物言わぬ疑問を悟ったのか、そうそう、と手を打ち合わせ事態の概要を説明した。

「兄サマ最近忙しかったから、落ち着いたら話そうと思って」

にこにこ楽しそうに喋る弟の話を、海馬はどこかざわつく感情で聞いていた。この一週間ほど、大会に向けた打ち合わせを始め、日本でのKCの情勢を見直すのにかかりきりで、モクバに負担をかけすぎぬよう、それなりに空き時間を作っておいたのだった。まさかその間に、遊戯の周りのお友達連中と親交を深めていたとは予想外である。しかも話を聞けば、発端は城之内だと言うではないか。つくづく気分の悪いことだと思いながら、嬉しそうなモクバに水を差せる海馬ではない。

「でさ、今度うちでも遊ぼうって話になったんだけど…」

窺うように見上げてくるモクバ、言えることはただひとつ。

「……好きにしろ」
「ありがとう、兄サマ!」

はしゃぐ声も複雑に思えてくるのは気のせいか。読みかけの新聞を意味もなく広げ、海馬は胸中で溜息をついた。

それからというもの、モクバと城之内の交流はさらに深くなり、家に訪れるのも珍しくなかった。遊戯たちが大人数で騒いでいることもあれば、少人数で和やかに語っていることもあり、海馬邸の使用人たちはそんな客人を喜んで迎え入れていた。理由はもちろん、モクバが楽しんでいるからである。海馬本人も何度か引っ張り出され、のせられたりしたが、大抵は馴れ合いを嫌って退室している。何よりもこみ上げる不快感が海馬の機嫌を悪化させていた。

薄雲に隠れ、ぼんやりと浮かび上がる月の夜、渋滞に辟易した海馬は車を降り一人帰途につく。雑踏を早足で抜ける中、今日は顔を合わせずに済むと思うと少し気分も落ち着いた。馴れ馴れしく図々しいどこぞの凡骨は、毎度懲りずに声をかけてくるのだから嫌にもなる。その度に軽い罵り合いとなりモクバや遊戯の仲裁でとりなされるものの、それをどこか楽しんでいる周囲の雰囲気が鬱陶しかった。

「よう、海馬じゃねぇか」

何を好きこのんで毎度毎度、声をかけてくるのか。

「お前、こんな時間まで働いてんの?」
「それは貴様にも言えることだろうが……っ!」

反射的に返してから気付いて隣を見る。
片手を軽く挙げた城之内が奇遇だな、なんて笑っていた。

「車じゃねーの?」
「渋滞で動かん」
「なーる」
 
挨拶だけで通り過ぎればいいものを、城之内はそのまま並んで歩き始めた。何がしたいんだこの男は。

「お前さあ、やっぱ働きすぎ。モクバが心配してんぜ?」
「貴様には関係ない」
「そりゃ悪うござんした」
 
悪びれもせず、肩を竦めるだけ。癇に障る、当たり前のように噛み付いていたのは誰だ、踏みつけても見下しても自分に刃向かってきたのはどこの誰だったか。

「モクバっていい奴だよな、オレ自分の妹すっげー好きだけど、弟も羨ましくなったぜ」
 
全てを投げ売ってでも守りたいものがある、それがこの男はひとつではない、簡単に許し、受け入れ、どこまでも自分の邪魔をするのか、あの時も、そして今も。

「大体貴様は昔から出しゃばってきおって!何度――」

爆発した怒りをぶつける際になって海馬は言葉を飲み込んだ。口元を覆い、わなわなと震える様子に城之内は慌てて覗き込んでくる。

「おい、どーした。大丈夫か?」
 
海馬は答えない。

「やっぱり疲れてんじゃね?早く帰って寝ろよ」

気遣わしげに伸ばされた手を払いのけ低く呟く。

「よく懲りずにそんな言葉が吐けるものだな」
「あん?喧嘩売りたいなら買うぜ」
「だから貴様はお人よしだというんだ…」

散々こみ上げてきた不快感の正体、今まさに体中を駆け巡るそれが、いったい、なんだというのか。
誰が認めるか、そんなもの。 

「何度…」

怪訝そうに見てくる城之内が腹立たしかった。

「何度、俺の心を乱せば気が済むのだ!」

何もかもの原因はこの男だというのに。いつから、本当にいつからこんなことになっていたのか。

「海馬…?」

城之内の声がかかる前に、海馬は踵を返し歩き出していた。

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