Never Surrender 2


「海馬!待て、ちょっと待てって!」

車に乗り込む直前、煩い声が自分を引き止めた。鬱陶しげに振り返ると、城之内が息を切らし駆け寄ってくる。

「何の用だ」

また身の程知らずが吠えついてくるか、冷えた視線で見下ろして促す。ぜーはー、息を整えた城之内は、少しばつの悪そうな表情を浮かべ視線を彷徨わせてから、笑った。

「えーと、なんか、ありがとな」
「は?」

思い切り怪訝な顔をする海馬に苦笑して、頬をかきながら城之内が続ける。

「やっぱオレも遊戯も立ち止まっちまってたとこがあってさ、誰かがぶち壊さねーともっと時間かかってたかもしれないだろ。だから、お前のおかげだって話」

たどたどしく紡がれる言葉は紛れもない感謝の意味を込めていて、海馬は背筋に怖気が走るのを感じた。

「お前が帰ってきて良かったよ」

打算もなにもない心からの笑顔、それが無性に忌々しく跳ね飛ばしたい衝動に駆られる。

「貴様らのお友達ごっこには虫唾がはしるわ」

低く吐き捨てて、さっさと車に乗り込んだ。渦巻く不快感が胸の中で暴れまわる。

「……なんだよアイツ」

残されたものの呟きを拾う者はいない。

当初から城之内は目障りだった。
分不相応という言葉も知らず挑んでくる無謀さには呆れ果てるばかり、だが完膚なきまで叩きのめした後、取り巻きが発した何がしかを遮った相手の目はどこか違った。
負け犬の理由などに興味もなく、忘れていたその名前――バトルシティで兄に駆け寄るその少女を見ておぼろげな記憶が蘇る。包帯、静香ちゃんのために、この破片だけで容易に答えを導き出せる。王国での賞金がいかほどかは知らないが、あのお友達ごっこに陶酔する遊戯なら躊躇いもなく城之内に渡すだろう、そしてそれを全額、妹のためにつぎ込んだのだ、と。

「海馬さん」

聞きなれぬ声に呼び止められ、海馬は後方を振り返った。思考にあった本人と気付き、眉を心持ち跳ね上げるが、表には出さずに「何だ」と短く答えた。少女は海馬の威圧感に多少怯えたようではあったが、それでも目を逸らさずしっかりと見つめ、口を開く。

「お兄ちゃんを助けてくださって、ありがとうござました」

頭を下げ、微笑を浮かべる静香を一瞥し、鼻を鳴らす。

「ふん、我が社の主催で問題を起こすわけにもいくまい」
「それでも、助けてくれたのは海馬さんです」

笑いながら、再度感謝の言葉を述べ、「お兄ちゃんには内緒ですよ、怒るかもしれないから」などと付け加えて少女は足早に立ち去った。去り際にもう一度頭を下げる律儀さを発揮して。

「凡骨の妹は凡骨か」

人気のないバトルシップの通路で、感情の薄い声が響いた。

決勝トーナメントは苛烈を極め、神のカードは参加者の予想を上回る力で敗者を次々と命の危険に晒す。
城之内も例外ではなく、ラーの攻撃を受け切ったのち、その場に崩れ落ちる。悲壮な叫びとモクバの指示、すぐに処置が施されたものの、絶望的といってもいい容態であった。
遊戯に戦いの宣告をし、部屋に戻った海馬は参加者の書類を手に取った。バトルシップに搭乗した自分を除く七名、グールズのこともあるが海馬コーポレーション主催と銘打っている以上、素性を洗っておくことも必要な為、用意させたものだ。とはいっても遊戯や城之内に関しては今更暴き立てる興味も沸かず、ほとんど読んでもいなかった。
この先どう転ぶにせよ、モクバが指示を仰いでくるのは明白、なんの感慨もなく捲った紙面へ視線が止まる。そこにあったのは簡単な概略だったが、簡易であるがゆえに内容の凄絶さを伝えるには十分だった。親に見捨てられ、妹と離れ、借金を背負い、荒れながらも現在踏みとどまっているその事実。王国へ参加したのも全ては妹の為、手に入れた金を惜しげもなく治療に使い、友情の為なら命を懸け、今日まさに決闘者の誇りを刻んで倒れ伏した。
何故それで憎まない?何故そこで見限らない?
自分もモクバの為なら命を懸けた、だがそれだけじゃなく全てを手に入れる。自分たちを追い落とした現実を憎むことでここまできたのだ。
馬鹿で浅はかで駆け引きも知らない愚か者が大した実力もない癖に遊戯を奮い立たせる理由がそれだとでもいうのか。
認めない、断じて認めはしない。

――――そんな不確かな力など。

その不快感は、見事に準決勝へと持ち込まれることとなる。

1へ     3へ


戻る