KYDJ 3


久しぶりに訪れた海馬の私室は、調度品が違うだけで本人がやってることは全く変わらない。

「お前、ほんっきで仕事の虫だよなー」

顔パスの城之内は例の如くノックもせずに入室したが、完璧に集中している海馬は視線も寄越さず、傍らに立って声をかけるまでキーボードを叩き続けていた。

「貴様とて暇ではあるまい」

驚きを含ませた表情で少しだけ顔を上げたあと、すぐ仕事を再開する相手。それだけで少ししてやったりな気分になった。バイトの帰り道、ふいに思い立ち寄ってみたところ、思いのほかモクバが歓迎してくれた。一途でけなげなこの海馬の弟は城之内も目に入れて痛くないほど可愛がっている。そして願わくば、兄のようにならねばいいと将来を楽しみにもしていた。そんなモクバから今日は兄もいるから三人で夕食を、と言われれば断る理由なんてない。ついでに様子を見て仕事を切り上げさせて欲しいとか頼みごとまでされてしまった。まあ、最近のワーカーホリックぶりは割と見慣れたつもりの城之内にも酷く思えていたので快く承知した。

「そろそろ終わっとけ、モクバが呼んでる」
「この書類が終わればな」
「お前さっきもそれ言っただろ。聞いてるようで実は聞いてないだろ聞けよコラッ」

耳元で強めに言えば、形の良い眉がぴくりと跳ね上がり、目線がこちらを向く。

「耳元で叫ぶな、凡骨」
「呼ばれたら返事しろよ、天才」

悪びれず、しれり返す城之内に海馬は溜息をつき、データの保存をクリックした。とりあえずは、勝利のようである。
 
「根詰めすぎ。倒れてもしらねーぞ」
「貴様ではあるまいし、ありえんな」
   
電源を落とし、立ち上がる海馬の方を思わず掴む。

「お前のほうが確実に無理してるだろ、この前も――…」

振り向かせた海馬と視線が絡み、止まった。

「何だ」
「寝てなかった、みたいだしよ…」
 
肩にかけた手は滑り落ち、海馬は歩き出す。

「十分な睡眠は取っている」

扉に辿りつき、その場で動かない城之内を訝しげに見て、モクバが待っているんだろう、と促した。
ああ、とどこか虚ろに返事をして城之内は扉へ向かう。遠くにいる感覚のまま、廊下を黙々と歩いた。

思考がまとまらない、まとまるはずがない。
自分から立ち寄った時点で危なかったんだ。
顔を見れて嬉しく思ったところで何故気付かない。
引き寄せて視線を合わせて絶句してしまった。
自分へ向けられる思いの強さを、まざまざと実感して反応が出来なかった。あの刹那、絡み合った視線に含まれたもの、すぐに海馬が消したそれを自分は見事に汲み取ってしまったのだ。むしろ海馬は無意識なんだろう、だからこそ、こんなに自然に城之内を捕まえた。

これは駄目だ、これは駄目だ。
気付いてしまえば止められない。
蓋をしたままでいれば良かったのに。

海馬に焦がれる自分を見つけてしまった。

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