KYDJ 4


「これは、痛いな…」

悩む定位置と化した屋上で城之内は転がった。
認識して一番最初に感じたのが、こりゃあ海馬も大変だったろうな、という妙な罪悪感である。あんな気持ちを抱えてりゃあ暴走したくもなるってもんだ。そしてそれを一刀両断してきた自分はなかなかに鬼だな、、とも。そこをめげずに繰り返した海馬はやはりただもんじゃない、尊敬する。現実逃避の馬鹿な思考をぐるぐる繰り返し、城之内は息を吐き出した。
いま、分かったからって態度を変えられるかっつったら無理に決まってる。
さんざん、『ほだされたから仕方ない』みたいな態度でいた奴が、同じ気持ちだからはいよろしく!なんてできるはずがない、つーか無理、絶対に無理。
何が厄介かって、いきなり全てに敏感になった自分が嫌なわけだ。

――あーこいつほんと駄目だなー、面白いなー、だから……

この、だから、の先を今までは意識的にも無意識的にもぼかしていて、そのしっぺ返しがここにきて一気に溢れ出た。

これは本気で、どうしたらいいか分からない。



間違った方向に開き直った城之内は、とりあえず海馬を避けた。とりあえずどころじゃないのは本人も十分わかっているが、いかんせん彼は混乱していて、それがもっと悪い結果を引き起こすという予測まで立てることは出来なかった。
全ての原因は、自分には関係のない感情だと思い込んでいたことにある。

元々が多忙な社長業、城之内が会う協力と努力を放棄すれば遭遇しないのは簡単だった。モクバからは「最近忙しいのか?」とメールが来るが、適当に誤魔化して今に至る。モクバまで避けるのは非常に心苦しいけれど、あの兄弟の絆は半端ではないので、油断してはならないと心に戒めている。それだけ覚悟するのならさっさと解決すべき、そんな正攻法は彼の頭には存在しない。
加えて城之内は、自分が求められている理由がさっぱり分からなかったので放っておいてもなんとかなると思っている節があった。城之内自身も海馬の何がいいかきちんと答えられないくせに、甘い考えとしか言いようがない。
そんな城之内の甘えは、我を通すのが得意な当事者が見事にぶち壊してくれた。

「…このオレを甘く見ないことだ、城之内」

いつかの空き教室、いつかと同じ顔合わせ、違ったのは、動き出した時間は止まることはない、という事実。
思いっきり油断していた城之内はセンチメンタルな気分も何も、普通にサボって爆睡していた。開き直ったおかげで普通に生活し普通に登校し、彼の日常を過ごす。いま考えてもどうせ無理だし!とばかりに海馬を徹底的にスルーしたのだ。

「この海馬瀬人が着信拒否くらいで引き下がると思ったら大間違いだ」
「さすがにそこまで楽観視はしてなかったけどな」

寝起きから覚醒して事態を把握したのち、さすがに危機感を覚える城之内。ブチ切れて殴りこんでくる海馬を想像しなかったわけではないが、心のどこかでどうせ大丈夫だろ、来ないだろ、という考えがあった。
よって、実際に殴りこんできた海馬に完全に対応しきれていない。
城之内が焦る間に海馬はどんどん距離を詰め、いつかのように手を伸ばした。
 
瞬間、乾いた音が響く。
 
掴みかかる寸前、素早く動いた城之内の手が、海馬の手を払いのけた。

「あ、わり…」

払いのけた本人がぽかんと止まってしまい、払われた海馬も無表情のまま固まっていた。

「えーと、海馬…?」
  
おそるおそる、覗き込む形で城之内が声をかける。  

「…認めん」
「え?」
 
微かに零れ落ちた言葉は聞き取ることが出来ずに聞き返す。次に口を開いた時には射殺す視線で城之内を捉え、低い声ではっきりと言った。

「認めんぞ、貴様がオレを拒否するなど!」
 
瞳の光は強く、城之内に突き刺さる。
跳ね飛ばされた机が凄まじい音を立て、掴まれた肩に痛みが走った。 

「渡すものか手放すものか貴様はオレのものだ飛び込んできた時に全てが決まっている失くすなど絶対にありえん!」

肩に手が置かれたまま、胸倉を引っ掴まれ息が詰まる。揺らぎかける視界には、自分を睨み続ける海馬の瞳。怒り狂う彼の瞳はしかし、あの日と同じ、いや、あの日より酷い、傷ついた色をしている。

「オレを望まぬ貴様など認めはしない、当たり前のように人の心をかき乱した挙句、落ち着きを奪ったのは他ならぬ貴様だ、城之内」

ギリギリと締め付ける力より何より、海馬がもたらした本音のほうがよっぽど苦しく、己を襲う。

「オレは貴様を尊重してやったろう、破格の対応をしてやったはずだ。その恩を仇で返してくるとはな、賞賛に値する」

薄暗く笑う海馬を見て、逃げていた自分を恥ずかしく思う。こんな言葉を吐かせてしまうなんて、自分は果てしのない大馬鹿者だ。何のプライドが邪魔をしたのか、何を悩んで先送りにしていたのだろう。

思い返せば、海馬はいつだって本当に正直に、そのまんま自分にぶつかってきたんじゃないか。

腹を決めると、言葉が自然と口から滑り出た。

「…ごめん」

海馬の手が止まる。暗い笑みも消え、低い、掠れた声が耳に届く。  

「侮辱するつもりか」
「違う。無神経で、ごめん」
「それが侮辱でなくて何だと言うのだ!」

叫ぶ海馬の言葉は心に痛かった。手を伸ばし、相手のそれへと重ねる。

「オレ、かなり馬鹿だからさ。知ってると思うけど。なんかどうしたらいいかわかんなくなっちまって。だってほら、初めてだったんだぜ」

へらり、笑ってみせる城之内に海馬は答えない。もう力のない手を外し、無理矢理こちらへと抱き寄せる。
予想外の重さにちょっとびっくりしたが、椅子に座っているぶん、うまいこと分散できたようだ。

「好きだよ、置いてかねーよ。そんな顔するなよ」

驚くほどあっさりと、口にしていた。抱き込んだ男が思い出したように腕を回し、抱きしめてくる。

「好きだっつってんの。聞こえてっか?おーい?海馬ー?」
 
うりうり、と小突いてみるが反応はない。しばらくしてぽつり、確かめるように呟いた。

「もう一度」
 
抱き締める力はそのままに、今度ははっきりとした声で。
 
「もう一度、言え」
「好きだよ、お前が」

今度は言葉もなく、痛いくらいに抱き締められた。
心なしか、笑いがこみ上げてくる気がする。 
 
「なんか意地張ってんのあほらしくなったわ。お前、オレのこと好きすぎだろー」

抱き寄せてからいままで、顔を上げる気配なし。
とんだプライドだと肩を竦めるしかない。

「しかも自分から言わねぇし」
「貴様はオレのものだ」

間髪入れず返って来た内容が内容だけに、今度こそ城之内は爆笑を止められなかった。

「お前、本当にばっかじゃねーの」

とことん負けず嫌いの、誇り高きデュエリスト兼経営者兼自分を振り回しまくる気になって仕方のないむかつく男は、不器用度合いも凄まじいらしい。
今日のところは笑うだけ笑わせてもらって、怒り出したらその時に考えよう。何せ時間はたっぷりある。 

すれ違ったぶんだけ、こいつに付き合ってやるのだから。

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