KYDJ 2


「まったく、この程度で機密のわけもなかろう」

城之内が物凄い勢いで謝り倒すと、海馬は馬鹿馬鹿しそうに殺気を消した。息をつく城之内に冷めた視線を送り、机の書類をつまみ上げる。

「企画概要とコンセプト、ざっとした見通しくらいだ。本当に重要なものなら目を通した端からしまうかデータにして処分するに決まっている」

心底呆れた調子で言うのにカチンときた。

「知るかよ。だいたい隣の部屋で仮眠してようが誰でも入れるままの社長室ってのはどうかと思いまーす」

語尾を小学生のようにのばして濁らせる。我ながら結構むかつく言い方だろうと相手を見やれば、見下ろしたまま当然の如く言い放った。

「貴様が入れるようにしてあるんだろうが」

さすがに絶句するしかなかった。
なんだろう、この負けた感は。

そもそも、よく考えたら最初から負け戦みたいな気がしてきた。始まりが始まりだからどうしようもないというか、ほだされたもの負けというか、要するに何かあるたびに上手いこと受け入れる準備ができている自分が駄目なんじゃないのか。
 
いや、違う、海馬が悪い。悪いのは海馬だ。
むかつく奴がたまに真面目になればめちゃくちゃいい奴に見えるっていう効果だ。吊り橋効果みたいなもんだ、それはさすがに違うか。
 
でも、あれは反則だったと今でも城之内は思う。



うららかな昼下がり、屋上で惰眠を貪っていた城之内は罵声に叩き起こされ、寝ぼけまなこで宿敵と対峙した。

「この俺に無駄な労力を使わせおって、この凡骨が」
「別にテメェのモーニングコールなんかいらねーっての」

寝起きで不機嫌三割り増しとなっているので、常より低い声で海馬を睨みつける。それで怯むはずもない相手はフン、と鼻を鳴らすと距離を詰め、瞳を覗き込んで告げた。

「オレのものになれ」
「いや、モノじゃねぇし」

反射的にツッコミを含んだ返答をしたと同時に覚醒する。
いま、一体この男は自分に何を言ったのか。
だが、海馬はギロリと視線を飛ばし、そのまま無言で屋上を去った。あとに残され、ほうけるしかない城之内は、午後の授業を全部サボってしまった。

何の企みがあったのか、警戒しながら日々を過ごすも、海馬の態度はいつも通りの見下したもの。仕事に対する姿勢やモクバへの兄としての態度などで見直すたびに、新たな猜疑心をこちらへ植えつけてくる破天荒どころじゃない生き様はもはや怒りを通り越して呆れてきた。そんな男が自分を気にしてくるはずがない。
あれはきっと白昼夢、そう結論付けようとした矢先、懲りずにそれはやってきた。
 
「オレのものになれ」
「だからモノじゃねーっつーの」

前回が自分の勘違いではないかどうかを確かめる為に、同じツッコミで返す。海馬は思いっきり眉間に皺を寄せ、やはり眼光鋭くねめつけながら、「減らず口を」と吐き捨てた。どうやら、残念だが二回続けて海馬に言い寄られる栄誉を授かってしまったらしい。ぜんっぜん嬉しくない。

さすがに三回目は本気で警戒した。だがしかし、くるかくるかと身構えているうちにひと月が過ぎ、ふた月がすぎ、姿さえ見ていないな、なんて思っていたら、テレビでしこたまお目にかかることとなる。手広く展開している海馬コーポレーションは絶好調で、カードゲームだけでなく玩具企業として最高の地位を確立していた。ブラウン管に映る社長様は相変わらずふてぶてしく、また堂々とそこにいた。           
これだけ忙しかったら、自分に構おうなどと思うまい。あんなにガンガン前に突き進んでいながら、何故自分に目を留めるのか、そして簡単な一言で引き下がるのか、問いかける気もない疑問が燻って積もっていく。

そして三度目の正直。
 
木枯らし吹きすさぶ寒々しい日、卒業式を間近に控えた合同練習を当たり前のようにサボった城之内は、空き教室でぼんやり校庭を眺めていた。寝るには暖房のついてないここは少々寒い、だからって体育館はもっと寒い。
引き戸の音、続く足音。振り向かずとも誰か分かる。
 
「海馬、オレに何か用?」
 
肩を掴まれ強引に相手の方へ向かされる。特に抵抗はしなかったので大した痛みもなく見知った瞳とかち合った。目が合うだけでは足りなかったのか今度は胸倉を掴み上げ、引き寄せる海馬。瞬きもせずに、ただ、じっと見る。
やがて開く唇は、繰り返した言葉を紡いだ。

「オレのものになれ」

一字一句、噛み締めるようにはっきりと。焼き付けるくらい強い声で海馬はそれを告げてきた。
即答するつもりだった、次も言う台詞は変わらないはずだったのだ。だけど、口を滑り出たのは断ち切ってきた言葉ではなく、新しい答え。

「……人間扱いしたら考えてやるよ」

何故あんなことを言ってしまったのかと後悔はしている。
反則なのは海馬だ、全て海馬の責任だ。

あんな傷つく一歩手前の目なんかしやがって。



「っだー!思い出したら腹立ってきた!」

殴りてぇ!叫んでフェンスを掴みガシャガシャ揺らすこと数度、発散しきれない気持ちを持て余し、城之内は座り込んだ。

「あー…わけわっかんね」

フェンスにもたれかかり、飲みかけのジュースを手に取った。海馬との関係はびっくりするくらい良好だ。ここまで友好的になれるだなんて半年前の自分は思いもしないだろう。        
そしてそれを不快とは思わない、自分。
 
「これは、むしろ毒されてるって言うんじゃ……」

全てが流されるままだなんて思わないが、自分がよくわからなくなってきた。飲み干したパックを握りつぶし、袋にねじ込んで思考を中断した。

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