襲撃 5


信じられないものを見た、いや、見ている。
城之内は思わず言葉を失って数秒間立ち尽くした。

「海馬って寝るんだ……いや寝るか、一応人間だしな」

ソファで眠り込む海馬瀬人なんて、誰が想像しえただろうか。
自分ツッコミを入れてしまうくらいには動揺する、するに決まっている。
なかなかフリーダムに通わせて貰っているとはいえ、あの傍若無人帝王の無防備な姿なんてものにお目にかかれる日がくるだなんて夢にも思わなかったからだ。
そろーり近づいて様子を伺う。むかつくくらい整った顔だ、そういえば女子に人気があったか。 涼しげな美少年の外見に途方もない電波の中身がついてくるのだから、天は与えるものを間違った。むしろ与えすぎたんじゃないか。
でこピンでもしてやりたい衝動に駆られるが耐えた、オーソドックスに額に肉かな、とも考えたが留まった。
日々の過労死寸前の仕事ぶりを垣間見てしまっては寝かせてやりたいとも考えるようになる。

「これって、ほだされてんのかなー…」

あーあ、と呟いてひとりごちる。
途端、海馬の目が開いた。

「うおわ!」

思わず声を上げて飛びすさる。何度か瞬きをして城之内を見遣った海馬はゆっくりと身体を起こす。

「お前、いつから起きて…」
「たった今だ。近くで声がしたからな、オレは眠りが浅い」

まどろんでいる状態だったらしく人の気配もなんとなく感じていたとの事。
常に気を張ってるとかお前はどこのエージェントだ、映画か、ツッコミたくてたまらない。

「なんつーか、お前……寝てる?」

生活に関わってしばらく、誰よりも遅くまで働き誰よりも早く働き出す海馬はハッキリ言って無茶苦茶だ。

「行動に支障をきたしそうになったら休息をとるようにしている」
「いや普通に寝ろ」

身体の限界まで酷使してどうする、痛めつけてどうする。
モクバにそれとなく聞いていたとはいえ、想像以上の仕事中毒っぷりに眩暈がしそうだ。
そうそう人の領域に踏み込む気はない、ないがこれはさすがに酷すぎる。
こみ上がってくる感情を抑えることを城之内は放棄した。

「てーか寝てろ!お前の生活はちょっとおかしい!」

むしろ凄くおかしい!続けて叫んで肩を押した。その場の勢いとは恐ろしいもので、だったら 寝室にでも閉じ込めたほうがいいんだと気付いたのは海馬を見下ろす形になってからだった。もっとも、その考えも パニックになった状態のものなので有効かどうかは定かではないが。
ソファに乗り上げた城之内は、我に返って気まずげに声をかけた。

「わりぃ…大丈夫か?」

思いっきり圧し掛かって押さえ込んでいた事実に平謝り、喧嘩経験の無駄な豊富さが身に染みる。
背もたれについた片手を軸に起き上がろうと力をこめる。続いて足を降ろそうとして、違和感。

「海馬?」

取っ組み合いのようになった為、掴まれた左手が動かない。それは海馬が離さないからだ。
絡み合う視線、僅かな沈黙。
海馬の空いた手が静かに伸び、そっと頬に添えられた。体温と共に伝わるもの、相手の瞳が訴えるもの。
ぼんやりとした思考で浮かぶ答え。

――そういえばオレ、こいつに惚れられてたんだっけ……

認識した途端、駆け抜ける緊張。この体勢は洒落にならない。
一瞬で強張った城之内がどう切り抜けようか考える前に、拘束の手は解かれていた。
頬に当たる手も既にない、冷ややかに見上げる海馬は短く告げた。

「さっさとどけ」

城之内を押しのけ立ち上がると、振り返りもせず言葉を次いだ。

「オレは仮眠する。夕食をとっていくつもりならモクバの相手をしていろ」
「…おう」

寝室の扉が閉まる音がしてようやく動けた、崩れ落ちそうな身体をソファに手をついて支える。
襲ってくるのは、とてつもない罪悪感。自分はどこまで馬鹿なのかと。
ここに訪れるようになった原因はなんだったのか、どうして忘れることができたんだ。

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