襲撃 6 自覚してしまった後の気まずさは尋常ではない。 あんなに自然と通っていた場所に行きづらくなる、後ろめたくなる、態度がよそよそしくなる、 笑えない悪循環となって影響を及ぼしていった。 海馬兄弟との時間は己が思うよりも楽しいものとなっており、それを自覚してきた頃に思い知る根底にあるもの、 しかも原因は自分自身、まさに八方塞がりである。 そんな折り、バイトの先輩から短期間のヘルプを頼まれた。何度か引き受けたことのある内容で時給もいい、 更に二週間という期間が魅力的に感じる。少しでいい、整理する時間が欲しい。 ああ、こうやって前も問題を先送りにしてきたのかと頭の隅で思いながら、城之内は逃げる道を選んだ。 モクバの誘いを断りきれず―――自分は弟や妹属性に弱すぎるのではないかと時々思う――― 海馬邸を訪れたその日、いつ切り出すべきかそわそわしていると思いっきり訝しげな視線を向けられた。 「貴様、さっきから気味が悪いぞ。怪しいのは知能指数だけで十分だ」 「うっせぇ馬鹿にすんな」 いつもならあからさまな喧嘩フラグも意味をなさない、中途半端な空気が気まずさに拍車をかける。 今日に限って用事で帰りの遅いモクバが命取りだ。あの日以降、海馬と2人きりになる状況を避けてきたのだから。 誰かが一緒なら普通になれる、ちゃんと会話も出来る。だけど2人になってしまえば、否応なく思い出す。 触れた温度、自分を見る瞳、そこに含まれた受け止めきれない明確なもの。 やはり今は何も出来ない、何も言えない。心を決めた城之内は重い口をやっと開いた。 「オレ、しばらく来れなくなるんだけど」 切り出した瞬間、海馬の目線が鋭くなった。 「理由を言ってみろ」 静かな言葉を受け、できるだけ冷静にバイトの件を説明していく。 たまに挟まる事務的なノリの質疑応答、名目は遊びに来れなくなるだけなのに何故こんなに空気が重いのか。 一通り話し終わり、また訪れる静寂。かなり生きた心地がしない。 耐え切れず視線を逸らした城之内を待っていたかのように海馬の声が響く。 「時に――」 見れないから表情は分からない、声だけでは推し量れない、そんな逃げも、 「貴様は何故、オレを避ける」 意味はなかった。 「まさか気のせいだなどと世迷言はほざくまいな?馬鹿正直な貴様はあからさまどころの話ではないぞ」 音を立てて歩み寄る様はデジャヴ、だが今は状況が違いすぎる、変わりすぎた、自分は少し近づきすぎた。 神経過敏なこの男を宥めすかし、煽り、時には便乗、そうしているうちに気付いてしまった。 何を嫌い、何を蔑み、何を否定しているのか。だがそれを理解すると共に、導き出された答えがひとつ。 「オレ、お前には何もしてやれない」 木材が砕ける凄まじい音が耳をつんざいた。 転がったソファは足が折れ、無残な姿となっている。弾き飛ばされた調度品も原型を留めてはいない。 破壊したその本人だけがまるで一枚の絵画のように異様な世界を作り上げてそこに立っていた。 暗く、深い、底知れぬ怒りを湛えて。 「図に乗るな」 散らばる破片を踏み砕き、聞いたこともない低い声で海馬が迫る。射殺すような瞳が激しく睨みつけ、貫く。 「貴様がオレを憐れむだと…!?」 搾り出された怒りの声に怯む暇もなく力任せに押し倒された。机に頭と肩を打ちつけ、視界が数秒点滅する。 顔を顰め、焦点を定めると海馬が喉を鳴らして笑っていた。暗い笑みを浮かべた相手は高らかに語る。 「さすが、お優しいことだな。そうやってオレを嘲笑っていたとは大した根性だ、見直したぞ」 「違っ…」 否定は聞き届けられず、首にかかる圧迫感に息が詰まる。 襟ごと引っ掴まれて近くなった表情は狂気にも似て、どこか追い詰められたもの。 「ならばその身体に教えてやろうか、オレが貴様をどうしてやりたいか何を考えているのか。 もっとも、分かっていて同情していたのだろうがな」 触れる手が意思を持って動き出し、肌をまさぐる。自由な手で掴み、押しのけ、抵抗してみせると ふいをついて顎に手をかけ、唇を寄せてきた。 「ちげぇ、ってんだろ!」 反動をつけた蹴りを思い切り叩き込み、腕も振り払う。数歩後退り、距離を取ることとなった海馬は 頭を抑え、憎悪の目を向けてただ一言。 「出てゆけ」 城之内の記憶にあるのはここまでだった。 それからどうしたかよくわからない、気付けば自宅の部屋で呆然としていた。 走って飛び出したかもしれないし、ゆっくりと出て行ったかもしれない。 でもそんなことはどうでもいい。 吐き出された言葉と突き刺さる視線が頭を離れない。 あんな顔をさせたかったんじゃない、傷つけたかったわけじゃない。 なんてことをしてしまったんだ。 |