襲撃 4


命を心配をしていたはずの出来事は予想外に穏やかな方向へと転がっていく。
あの日、思考が整理できないまま豪華な寝具でぐっすりと眠らせてもらった城之内は、朝ごはんをご馳走になって帰宅した。 「城之内、泊まっていったのか!」なんて嬉しそうにモクバにはしゃがれてはすぐに帰ります、とも言えない。 自分が起床するより早く出社していったらしい海馬の代わりに朝のひと時を過ごしたのだった。
どうもモクバにはあっさりと懐かれたようで、ちょくちょくと呼び出しという名の拉致を味わうようになる。 兄とは違って常識的な弟はその暴挙に呆れたのか城之内と連絡先を交換し、都合に合わせた穏やかな交流がはじまった。
怒涛の展開に初めは戸惑っていたのだが、持ち前のポジティブさでまあいいかと割り切り、日常にそれは組み込まれた。 同じ時間を過ごしていれば慣れも生まれる。海馬は思うほど悪い奴ではないが良い人間でもない、 その認識は変わらないとしても個性と思えばなんてことはなかった。
どんな状況も楽しんだもん勝ちだと開き直ってしまえば城之内は強い、怯えていた経緯はどこへやら、 たまに登校してくる海馬へ軽口をけしかけて笑っているのを見て、遊戯が目を瞬いた。

「海馬くんと仲良くなったの?」

ねえねえ、と声をかけられてそういえば心配させていたことを思い出す。
何しろ命に関わるとまで口走ってしまったのだからフォローはしておかなければならない。
きっかけを少々改竄してモクバを主軸に説明したところ、親友は顔を輝かせた。

「いいなあ、ボクも混ぜてっ」
「おう!じゃあ皆で屋上でメシ食おうぜ!」
「うん!海馬くーん、お昼ごはん持ってきてるー?」

あっさり現状を受け入れ満面の笑みを向けてくれた遊戯にノリにノって城之内も返す。
いきなり誘われた海馬は露骨に顔をしかめていたが、勢いに押されて連行された。
遊戯にしてみれば友達同士が仲良くなるのは大歓迎、海馬がどう思っていようとも 遊戯ともうひとりの遊戯の中で彼は友人なのだから。

海馬くんと友好を深めよう昼食会は主賓の纏う怒りのオーラにいつものメンバーは辞退してしまい、 城之内と遊戯だけの参加となった。本田に言わせれば「あの中で気にせず食えるのお前らだけだろ」だそうだ。
屋上につくなりパソコンを立ち上げ仕事を始めた海馬に城之内は苦笑するものの、遊戯はそんなことでは挫けない。

「海馬くん、食べないの?」
「必要ない」

無視したところで意味がないのは散々絡まれて理解しているのか、会話を断ち切るのが海馬の常だ。
今までならば、遊戯がある程度食い下がっても終了していたひとときは、城之内の立場によって変化する。

「コイツほっとくとサプリメントで済ますらしいぜ」

モクバ情報、と付け加えてパンをかじる。海馬の鋭い視線が飛ぶが、動じるはずもない。

「えー!駄目だよ海馬くん!何事も身体が資本でしょ!」

案の定、遊戯は力説し、封の切られていないサンドイッチを押し付けた。

「そうだそうだ、オレに零すくらいだからモクバだって心配してるんだろーが」

揶揄するように援護する城之内を睨みつけ、突き返そうとしても相手は引かない。

「駄目!今日も早退して仕事に行くかもしれないんでしょ?全部じゃなくてもいいから食べて!」

ファラオの器は伊達じゃない、敵意ではなく善意からなるものであるから厄介にも程があった。
根負けした海馬が無言のまま封を切ったのは城之内がパンを食べ終わらないうちのこと。

結局、会社からの呼び出しにより昼食会はお開きとなったが、残された2人は笑顔で見送った。
サンドイッチの件で始終笑いの止まらない様子の誰かに包装紙を丸めたゴミが飛んだことを付け加えておく。
楽しい食事も終わり、伸びをして寝転がったところで城之内くん、と声がかかる。
幾分か落ち着いた声に思い当たり目を向ければ予想通り、もう一人の遊戯がそこにいた。

「なんだ、お前もさっき出てくれば良かったのに」

勿体無い、そう笑った城之内に彼は少しきょとんとして、静かに微笑んだ。

「あまり、学校では出てこないようにしているんだ。ここは相棒の場所だからな」

そっか。短く答えただけで済ませ、曖昧に頷いた。自分が口を出すことではない。
城之内の気遣いに古代の王は笑みを深くし、本題へと入った。

「君が、気になっていて。でもそれは取り越し苦労だったみたいだ。良かった」

思わず目を瞠った。彼はそれを言う為だけに普段は出てこないと決めた学校生活へ顔を出したのだろうか。
遊戯の言った「放っておけないと思ったら勝手に何とかする」の意を汲んで、悪化もしくは解決するまで 彼も動かない心でいたのだ。
二人の優しさを噛み締め、胸が一杯になる。自分はなんて幸せなんだと思った。

「サンキュ。今んとこ大丈夫だ、何かやばくなったらちゃんと言う」
「そうしてくれ。これでも心配性なんだ、オレは」

しっかり答えた後、おどけて笑ってみせるものだから城之内はふき出した。

「あはは、じゃあ今度一緒に海馬からかおーぜ」

片目を瞑ってにやり、笑いかければ、一度ぱちりと瞬いたのち、ふふりと口角を上げ企むような笑顔になった。

「それはいいな、是非とも呼んでくれ」

返されたウインクに声を上げて笑い出し、つられて笑ったもう一人の声が共に高らかに青空に響く。
チャイムが鳴るまで、二人の笑いは止まらなかった。

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