襲撃 3


次の日、運命の時間。
単なる引き伸ばしにしかならないだろうとは思ったがその通り過ぎて若干落ち込んだ。
往生際が悪いのも承知である。
仁王立ちで威圧してくる相手の言葉はただひとつ。

「さあ、答えろ」

爽やかな青空を背に受けて、これだけ似合わないのもある意味すごい。 時間を置けば少しはマシになるなんてことは全くなく、 むしろ答えを遅らせたせいで海馬の纏うオーラがどす黒くなっていた。逃げたい、本気で逃げたい。
だからと言って下手な回答では何の解決にもなりはしない、ここは多少の流血覚悟で伝えるしかないのだ。
大袈裟に溜息を吐いて、城之内は一晩かけてまとめてきた考えを述べる。

「いや、だからそういう次元に飛ぶ以前の話っつーか……オレ、お前に対してはむかつくって感情が先に立つぜ?
嫌な奴だと思ってるし、別に軽蔑まではしてねーけどさ…モクバのこととかもあるし。 まず友好的ってとこにも達してねーのにどうやってそこまで飛べたんだよお前……」

言いながらどんどん呆れの混じった脱力系の声色になる。まず、海馬をそういう視点で見れるかという前に、
自分の彼へのイメージが最悪すぎた。 罵倒され見下され続けて今に至るのに何故こんな思考を働かせなければいけないのか。 それを真面目に考えている自分が段々情けなくなってきて、勘弁してくれ頼むからの領域に達した。 ここでぶち切れられようがもはやどうしようもないし、怖くなって疲れて情けなくなってどうでもよくなるループは
昨日の夜だけで数えられないくらい行っている。 どんな怒りが落ちるのか見てやろうじゃないかとやけくそでまっすぐ海馬を見ながら喋っていた城之内はやがて違和感に気付く。
海馬は無表情だった。喋り終わるのを待ち、僅か考えるような間が空いたかと思えば静かに低く声が落ちる。

「ならばオレを知れ、その上で判断しろ」

はい?思わず間の抜けた声を出すのは何度目だろうか、コイツは意思の疎通をする気がないんだ、絶対そうだ。
城之内が反応できないでいるうちに携帯を取り出し何やら話した後、こちらへカードを投げて寄越す。
名刺だった。印字された名前を見ながら、あーこいつ本当に社長なんだよな、だとかぼんやり思う。

「オレの緊急連絡用端末の番号だ、モクバと一部の社員しか知らん。ほぼ確実に繋がる」
「はあ?!」

裏返して見れば走り書きの番号とアドレス。世にも恐ろしいホットラインを与えられてしまった。
けれど海馬の横暴はとどまるところを知らず、更にもう一段階踏み込んでくる。

「近い日付で空いているのはいつだ、オレに寄越せ」
「待て待て待て待て!早い!また早いから展開が!」

正気に戻ってツッコミを入れるが時既に遅く、絶好調の海馬社長が機嫌よく言い募る。

「だから、段階を踏んでやると言っている」

にやり、上げられた口角、浮かぶ笑みは邪悪極まりない。

「歩み寄りとやらをしてやろう」

これだけの誠意を無下にするのかと詰め寄られた城之内は、連絡先と数日後の予定をまんまと確保されてしまうのだった。



そんなこんなで約束の相互理解デー。バイトもない完全オフ。
物凄く丁寧に海馬邸に出迎えられ、以前ありがたくない招待を受けた時よりも警戒したい気分で主と対面した。

「あ、本当に城之内だ!」

海馬に対し身構えていたところ、無邪気に駆け寄ってくる相手に一瞬戸惑う。

「おう、モクバか。久しぶりだな」
「うん久しぶり!今日来るとは聞いてたけどびっくりしたぜぃ!」

嬉しそうに笑うのに何と答えたものかと悩んでいると思わぬ助け舟が。

「それはテストプレイヤーに呼んだ、後で試してやれ」
「そっか、じゃあとりあえずオレの部屋だな。案内するから来いよ!」

ぐいぐい引っ張るモクバに逆らわず、微苦笑しながらついていった。
途中、ちらり海馬を見てみるが特に何も言わずゆっくり後ろを歩いている。 弟の相手をさせる為に呼んだのだろうか?疑問は浮かんだけれど、海馬よりモクバの方が 自分にとってはありがたかったので流れに任せることにした。

テストプレイに選ばれたのは多種多様な対戦ゲーム。格闘アクションやパズルにシューティング、 白熱しやすい城之内はあっさりハマりこんで、モクバとじゃれ合いながら遊びまくった。
一息ついてお茶の時間、興奮冷めやらずおおはしゃぎで喋る2人は海馬も交え、改善点の話し合いまで行った。
流れで夕食までごちそうになり、昼から遊び通しで疲れたのか船を漕ぎ出したモクバをきっかけにお開きとなる。
子供ながらのプライドでふらふらしながらも自分で部屋に戻ろうとするのを微笑ましく見送り、城之内は軽く伸びをした。

「お前、ほんと弟好きだよな」

同じく見送り、扉を見つめていた海馬にふと声をかける。
無表情に視線を向けてくるのにも構わず、緩やかに微笑んで言葉を続けた。

「見てたら分かる。オレも妹いるし」

あまり頻繁に会えない距離にいる妹はかけがえのない大切なものであるし、自分にそうであるようにこの男にも モクバは本当に大切なのだ、と改めて認識する。
副社長の肩書きがなんだ、やはりまだ小学生、遊びたい盛りで友達だって欲しいだろう。
だがしかし海馬コーポレーションの名を背負う以上、モクバが制限されることも多い。
そんな生活の中のちょっとした楽しみに自分がなれたのなら、今日の時間も捨てたもんじゃない。
何より、遊んでいる間ずっと見守る位置にいた海馬が、穏やかな空気を纏っていたのがなんだか嬉しかった。
目の前のこいつだって、まだ自分と同じ高校生なのだから。

だというのにそこで降ってきたのはまた一段と素敵なお言葉であった。

「オレは貴様を見たくもないのに随分と見ていたな」

さっきの空気はどこへやら、いつも通りの不遜極まりない声で言ってくれる。
気分の良さを粉砕するつもりかと睨みつけたが、倍以上の眼光で返された。なんだこれは。

「何処だろうが煩く喚いて吠えて友情だの結束の力だの見せ付けられてみろ。 勝手な解釈とはいえ貴様の情報は随分と頭に入る。 まさかバトルシティ決勝戦まで入り込んでくるとは思いもしなかったがな」

忌々しげに舌打ちし、視線を逸らす。腕を組み佇む横顔は不機嫌な色に染まっている。

「貴様は呆れ果てるほどのお人よしで感情のままに突っ走ってどんな窮地でも諦めず希望を掴み取り、 デュエリストの誇りも捨てなかった。オレが追い求めた好敵手、遊戯が心を砕き約束とやらも果たした。 全くもって目障りだ。」

淡々と紡ぎだされていた台詞はどんどん怒りを帯び、感情が膨れ上がっていく。空気も心なしか悪くなってきた。
吐き捨てる内容は確実に喧嘩を売っているし、存在自体を否定される勢いである。
なんでここまで言われなきゃなんねーんだ、だったら呼ぶなよ、そもそも根本的におかしくないか?心に渦巻く
不満をとことんまで高めて叩きつけてやろうとしたところで、ギロリ、視線を飛ばされた。

「デュエリストだと、認める域にまでこのオレの心を動かしたのだからな」

瞳と言葉に撃ち抜かれる。睨まれただけだと思っていたその視線はもっと別の、強い意味さえ含んでいて。
たっぷり数秒間見詰め合うことになった城之内が理解するのにかかった時間はどのくらいだったろうか。

「もしかして、いま、オレすっげー褒められた…?」

数度瞬き、途切れ途切れに呟くのも終わらぬうち、海馬が鼻を鳴らして背を向ける。

「今から帰っても遅い、客間を好きに使え」

呆然としている間に邸の人に案内されてそのまま海馬邸にお世話になった。

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