襲撃 2


「遊戯、お前と馬鹿騒ぎとかできるのも、あと少しかもしれないな…」
「なに、いきなり」

いつもの如く遅刻ギリギリで駆け込んできた城之内が机に突っ伏したまま一時間目が終了した。
チョークを飛ばされてもピクリともしない彼に溜息をつき、一応声をかけてみたものの、 のっぴきならない家庭環境を知っている遊戯は起き上がる気配がないと見るとそのまま板書を再開。 チャイムがなったところでちらりと見遣り、せめて昼休みには起こしてみようかだの考えていたら、 むくりと顔を上げた城之内は虚ろな目で訳の分からないことを口走った。 寝ぼけているのかと苦笑しかけて、割と切羽詰った表情であると気付く。

「オレ、なんか踏んじゃいけねーもんを踏んじまったっぽい…」
「それはどのくらいのレベルでやばいの?」
「命かな」
「えええええ!?一体何やったの城之内くん!ていうか具体的に話してよ!」

軽く聞いたつもりが重い返事がきてしまい、遊戯は声を上げて身を乗り出した。
なんと話したものか悩む間に扉の開く音、つられて見てみればそこに居たのは、元凶。
薄ら寒い笑みを浮かべ、つかつかとこちらへ歩み寄る。

「昨日はよくもやってくれたな、凡骨」
「うげっ」

ガタン、と椅子を揺らして後ろに下がった城之内に一瞥をくれ、海馬は自分の席に着いた。
びくびく様子を伺う様子を見つめ、遊戯もおそるおそる声をかける。

「城之内くん……もしかしなくても海馬くん絡みなの?」
「現実を見たくねーが、そうだ」
「………しつこいよ?」

沈黙に篭りまくったその実感は、傍で見ていてそして巻き込まれた城之内もよーく分かっている。
復讐だデュエルキングだライバルだ、因縁をつけるのに定評がある海馬瀬人は この親友とその内に潜むもう一人の魂をそれはそれは悩ませてくれたものだ。

「一度目をつけたものに対して容赦ないよね、海馬くんは。ある意味一途といえないこともないけど」
「お前、言いたい放題だな…」
「だってボクを見るたびにデュエルデュエルって言うんだもん」

つらつら並べ立てられるなかなかの批評に少し驚いて感想を漏らしたところ、肩を竦めて返された。
なるほど、それは割と辛い。

「生き甲斐っぽいしな」
「もう1人のボクも楽しそうだからそれはそれでいいんだけどねー」

苦笑を交えて話す口調に棘はない、ただ少し呆れが混じっていることも否めないが。

「まあ、今の海馬くんなら軽々しく人の命を蔑ろにしたりはしないし。比喩表現だよね?そんなに怒らせるようなことしたの?」

軽口を仕舞い込み、幾分か真剣な顔で遊戯は話を戻す。
親友のこういう公平なところが、城之内はとても好きだ。

「それで、何をしたの?城之内くんは」
「膝蹴り一発入れた」
「リアルに直接暴力?!ボクどこから突っ込めばいいの!?」
「悪い、オレの精神とプライド的にこれ以上はちょっと言えねぇ……」

げんなりと肘をついた城之内に溜息をついて、「じゃあ解決したら言ってね」と遊戯は開放してくれた。
「でもボクが放っておけないと思ったら勝手に何かするよ」なんて頼もしい言葉を付け加えて。

海馬が教室内にいるというだけで精神的負荷がかかる城之内は昼休みまで耐え、昼食を片手に屋上へと逃げた。 遊戯が心配そうな目を向けたが、視線で答えて今に至る。和気藹々と食べられる気分ではなかったし、 何より海馬が乱入してこないとも限らない状況に親友を巻き込むのだけは避けたい。 むしろ昨夜の再現をされてしまったら死にたくなる。
だったらとりあえず1人になれそうな場所に赴いて心構えをするくらいしか対抗手段を考えられなかった。
屋上の扉が開いた時、やっぱり来たかと思いつつも怖くて見ることは出来ず、食べかけのパンを袋に戻す。

「おい、そこの雑魚」

予想通り、訪れたのは海馬だった。違う可能性もないことはなかったが、嫌な予感というのはつくづく当たるものだと 妙にしみじみとした気分で紙パックのお茶を飲む。

「呼ばれたら答えろ」
「その呼びかけで普通に答えるわけねーだろ」

凡骨、負け犬、雑魚。破格のスピードで呼び名がランクダウンしている。 そういや馬の骨なんてのもあったな、現実逃避の思考が回る。 ボーっと見つめるコンクリートの地面に影が落ち、近づいてきたのだと思った時には胸倉を掴み上げられ海馬と目が合った。 反射的に振り切り、尻餅をつく。手の中の紙パックが吹っ飛んでいったがほとんど飲みきっていたので構わない。
いきなり何しやがる!睨み上げて罵るはずが、それより相手の言葉が速かった。

「どうすれば貴様はオレを見る」

どこまでも真剣な表情がそこにある。

「へ?」

一瞬、何もかも忘れて酷く間の抜けた声が出た。
質問の意味が理解できない。

「自分のことなのだから分かるだろう」
「いや無理言うなよ、つーか話についていけてねぇよ」

当たり前のように問い詰める相手は真剣そのもの、だからこそ性質が悪い。
怒鳴りつけたかった感情はどこへやら、呆れ果てて頭が痛くなってきた。
昨日の話から繋がっていることくらいは分かっている、分かっているが根本的に間違っている。
頭を抑えた手を掴まれても、あーこいつほんと短気だなあくらいの他人事な気持ちで顔を上げた。
だが城之内は忘れてはいけないことを忘れていた、何故に本気で膝蹴りまでして逃げる羽目になったのかを。

「オレを見ろ、オレの手元に来い、オレの把握できる範囲に居ろ」

合わせられた瞳は苛烈な色をもって、発せられた言葉は恐ろしい響きをもって城之内を責める。

「オレだけを見ていろ」

ぞくり、背筋を震えが駆け上がった。そう、昨日はこれから逃げたのだ、向けられる感情に耐えられなかった。
向けられるものがやっぱり気の迷いで今ここに居るのは単に暴力に対しての仕返しだったり嫌味攻撃であったりすればどれだけありがたかったことか。
だがそんな淡い期待はあっさり打ち砕かれ、再度突きつけてくる現実に愕然とする。

「とりあえずお前帰れ、頭冷やせ。一晩考えてそれでもまだ言うんだったら対応してやる」

思考を放棄した城之内は投げやりに近い提案を放ち、現状からの脱出を図った。
とにかく少しでもいい、時間が欲しい。

「いいだろう、ただし誤魔化しは聞かぬぞ」

ごねるかと思われた海馬は鼻を鳴らすとあっさり手を離し、屋上から姿を消した。
座り込んだまま、重心をゆらり、後ろへ向ける。ぱたりと倒れこんでゆっくり息を吐く。
嫌な汗が頬をつたった。

「やっべ、マジこえー」

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