走り抜ける君へ 1


暦の上ではとっくに春。
そんなことを言ったってコートがないと寒い日はまだまだあるし、マフラーのない外出なんてもってのほか。
いったいどこが春だっていうんだ、立春というものを考えた人に物申したい。そんなことを呟いたら、お前はどこでそんな言葉遣いを思えたんだ、などと保護者のような事を言われた。それよりもつっこむところがおかしいと思ったが、今に始まったことでもないので話題を変えて流しておく。下手に答えて謎の議論に発展するのも楽しいが、鬱陶しいことも少なくない。
じゃあ何故にそんな相手と関わっているのかと聞かれれば、なんとなく、としか答えようがなかった。別に誰にも聞かれちゃいないけれど、自分でも少し不思議な関係だとは思うのだ。
 
中学1年の3学期。桜が咲くまで、あと少し。

テスト週間が始まった。
部活はなくなり、教室のあちこちでノートの貸し借りの騒ぎが起こる。学校に長居をする気もないリョーマはさっさと荷物をまとめ家路についた。

「……めんどくさ」
「何が面倒なんだ」

門を出て数分、漏れ出た呟きに勝手に返答がきた。部長、そう呼びかけてやめる。最近、呼ぶたびに「もう部長じゃない」と細かい訂正が入ってくるから嫌になる。簡単に呼び方を変えられるほど器用ではなく、第一いまさら手塚先輩、なんてなんだか気持ちが悪い。仕方がないから、ねぇ、だの、ちょっと、だの呼びかけることで誤魔化していた。
返事もせず振り向いただけのリョーマに手塚は無言で隣に並ぶ。ぽつぽつと意味のない会話をしながら二人は歩く。こんな風に穏やかな、というかそこそこの交友関係になったのは結構遅い。
 
引退後、ばったり出くわした手塚の第一声。

「久しぶりだな」
「もともと部活くらいだしね、会うの」

連絡事項の伝達に、視察や買出し、関わるのはすべて部活動だけでのこと。たまに校舎内ですれ違いもするが、必要以上の会話もしなかった。

「当然だと思っていたことがなくなると、寂しいものだな」

いつもの生真面目な顔でさらりと落とされた言葉にリョーマは少し驚いた。己の中での手塚国光は、そのような感傷とは無縁な気がしていたから。

「アンタでも、そんなこと言うんだ」

思わず零した正直な感想に、手塚は不快そうに眉をしかめてこう言った。

「俺だって人間だが」

廊下にリョーマの笑い声が大きく響いた。

それからというもの、ちょくちょく顔を合わせては会話をするようになる。見かければどちらからともなく声をかけたし、タイミングが合えば一緒にも帰った。
リョーマは何かにつけて手塚に試合を持ちかけるが、大抵がにべもなく却下される。打ち合いくらいならたまに付き合ってくれるが、部活に誘うと渋い顔をした。
自分の影響力を気にしているのかもしれないが、実際手塚が訪れた時の方が練習に身が入るのが青学テニス部。
一度リョーマが引っ張って連れて行ってからは、「越前に頼めば手塚先輩が来てくれる!」と迷惑な期待を背負ってしまった。そんな訳で、結局は頻繁でない程度に手塚同伴で部活に参加する事に。
しかしそれももうすぐ終わる。
テストが明ければ卒業式はすぐそこに。
桜が咲けば自分は二年生だ。

「早く帰れるのは嬉しいけど、それなら来るのもめんどくさい」
「最終日は卒業式練習が入るぞ」

テスト週間についての気持ちを話すと、的外れな返答がきた。やることがあれば来る意義もあるだろう、みたいなニュアンスだが、自分はそもそも来るのが面倒だと言っている。

「めんど……」

繰り返された一言に、切り込むような手塚の声は呆れていた。

「お前、卒業生にいい態度だな」

2へ


戻る