Ping×Pong×Dash! 2


聞いてみればいい、なんて言われたところで、ハイソーデスネと実行出来るほどリョーマも図太くはなかった。
何よりもめんどくさいという気持ちが勝った。こんな微妙な質問、部活中にそうそうぶつけられない。 ましてや部室で口にして、菊丸や桃城あたりの先輩に騒がれても疲れ果てる。
だからといってそれだけのために呼び出したり引き止めたりするのも馬鹿馬鹿しく、相手も多忙だった。
生徒会長と部長を兼任するなどリョーマからすれば何やってんの、としか思えないことだが実際やっているものは仕方がない。大会中だから、と部活を削られることはあまりないが昼の放送の呼び出しで手塚の名を聞くことは珍しくない。

そうこうしているうちに、時間は過ぎ、なんだかどうでも良くなってきた頃にふと乾のある一言を思い出す。
浮かんでは消えるのは日々の情景、早送りコマ送りの景色の中、いくつかの場面が一時停止する。
三年と一年の校舎は遠い、しかし移動教室や部活の連絡等、顔を合わせることは珍しくもないのだ。
自分は特別愛想も良くなく、向こうだってどっこいどっこい。それでも挨拶くらいは交わす、そんな時、手塚は何か声をかける。遅刻はするな、眠くても歩くときは周りを見ろ、挨拶をするならちゃんとしろ、小言のオンパレードには違いないが怒っている訳ではなかった。会釈をしたら頷いた、だから次は声を出してみた、そうやって会話が長くなった。
部活でもレギュラー陣とは関わりが深くなる。別メニューを指示する際も手塚はひとりひとり見渡し、最後に自分を確認する。挨拶が会話に変われば、その分確実に接触は増えていた。自然に流れて過ごしていたが、思い起こせば否定もできない。

「ねぇ、俺って気に入られてんの?」

問いかける機会は、意外にも簡単に訪れた。
部活後、いつも残るお喋りメンバーがその日はさっさと部室を後にし、鍵当番の大石も用事があるからと手塚に託して帰路に着いた。 別に初めてのことでもなく、通常ならリョーマも適当に挨拶を残して帰宅する。しかし、今日は好奇心が働いた。 部誌を書いている背中に歩み寄り、横手から不躾に投げかける。
文字を綴る手は一度止まり、またすぐに動き出す。
 
「誰にだ」
「部長に」

綴られる文字は流暢に、途切れることなく生まれていく。 そのリズムと変わらぬ淡白さで手塚は言う。 

「そうだな、その部類に入るかもしれんな」

あっさりすっぱり、即答だった。

「適当に言われた気分なんだけど」

拍子抜けするくらいのスピード回答にリョーマは呆れつつ呟いた。本人を見もせずに肯定して終了はいくらなんでも良くは思えない。すると手塚は顔だけ越前に向き直り、今度は割とゆっくり告げた。

「お前には期待している」

視線がかち合う。

「知ってる」
「そうか」
「でないとおかしいでしょ、色々」

忘れるはずもない、高架下での試合。
あれで自分は高みを目指し、意識を変えた、変えられた。
その時点から、普通とは異なる対象としてお互いに立ったはずだ。でも聞きたいのはそれじゃない、そういうことじゃない。その期待とこれは何か違う気がした、だから悩んだし気になった。
変化していく関係、対応、そして感情。

「部長、俺のこと最近睨んでる」

目の前の表情が微かに動く、返事はない。

「自覚、ない?」
「あまり」

思案するように手塚が目線を下げる。沈黙の間。
口から出した問いは、無意識だった。

「アンタ、俺のこと好きなの?」

時が止まった。
リョーマにはそう思えた。自分でも何を言ったのか理解するのに少しかかったくらいに混乱している。どうしていきなりそんな発想に飛んだのかまったくわからない。
内心パニック状態の越前をよそに、時を取り戻した手塚はさらりと言ってのける。

「そういう考え方があったか」
「は?」

いかにも納得した、そんな雰囲気を醸し出し、一人頷くとこちらを向いた。

「保留にしておいてくれ、判断が難しい」

話題はそこで切られてしまい、手塚は迷いなく本来の仕事へと取り掛かる。
残されたリョーマはしばらく立ち尽くし、ややあって動き出すと、ふらり、おぼつかない足取りで部室を後にする。昇降口まで辿り着き、思わず靴箱の扉に手を突いた。

「なんだあれ」

呆然と呟いても、答えは返ってこない。
さっきの出来事はなんだったのか。

1へ   3へ


戻る