Hurry up! 6


いや、ちょっと待って。ナニコレ。この人なに?またやる気?懲りない?懲りるって言葉知らない?
真っ白になり続いてスーッと冷えていく思考の間にも生真面目な声は尚も厳かに。

「負けん気が強いのは悪くはない、向上心も結構。だが最低限の協調性や気配りは実生活にも関わってくる」

なにいってんの、この人。 アンタが言うかアンタが言うかアンタが言うかっ!
馬鹿じゃないのこの人、本当に馬鹿なんじゃないの手塚国光って。 自分を棚に上げるという言葉をこれほど実感した時はないと思う、本気で思う。 怒りと呆れと色々なものがないまぜになってこみ上げて頭と胸がぐるぐるしてくる。 ここで説教か、懲りずに説教か。本当に模範的な先輩で素晴らしいことだ。

「まあしかし、」

罵りを口にする寸前、ひとりごちて頷いた部長はさらりと言った。

「お前をランキング戦に入れて良かったと思っている」

頭の中に大きなひびの入る音がする。一直線に、深く、容赦なく。

「……けんな」
「…越前?」

俯き、震える唇を強く噛んだ。感情が渦巻いて止まらない。この男は何を満足しているのだろうか、自分の満足は人の希望だとでも思っているのだろうか。 あまりの世界観に本当に眩暈がしそうだ。
怪訝そうに見下ろす相手をギッと睨みつけ、激情を押さえつけた声を搾り出す。

「アンタ何様なわけ?」

表情の変わらない様が更に癇に障った。流れるように本音が口をついて出る。

「どこまで上から目線だよ。そこは、いてくれて良かったとかそーゆー方向じゃないの?」
「同じ意味だろう」
「違う、全然違う。前もそうだよ、言うだけ言って満足してハイ終了?気持ちいいだろうね、スッキリするだろうね、でも言われたほうはたまったもんじゃないってんだよ!」

握り締めた拳をカウンターへと叩きつける、強く。鈍い音と微かな揺れ。重ねられたカードや冊子が不規則に散らばっていく。 やはり微動だにしなかった部長は目を細め数秒逡巡したのち静かに聞いた。

「俺はお前を追い詰めたか?」
「どこまで最低になりたいの」

もはや呪うような声が零れ出る。喉はカラカラに乾いて喋るのも辛い。
じんじん痺れる拳の痛みより何より目の前の存在が苦痛でならなかった。

「謝罪はお前を侮辱することになる、だから本音を言おう」

だのにまだ懲りずにまっすぐ見つめてくる相手は更なる言葉を重ねてくる。

「お前だから試合をした、お前だから全てをぶつけた、越前リョーマでなければ何もかも意味がない」

純粋で愚直な心からの、

「俺はお前がテニス部にいて本当に良かったと思っている」

それは形の上では限りなく真摯な、だが身勝手な語りかけだった。

全てを言い終えた部長は反応を待たずにそのまま背を向けて歩き去る。その行動こそが自己中心だとあの男は気付かないのだ。 数秒後、力が抜けてへなへなとカウンターに倒れ伏す。

「アンタ、ほんとになんなんだよ……」

馬鹿だ馬鹿だ、手塚国光は大馬鹿者だ。 怒りで頭が真っ白になるのは初めての経験だった。本を投げつけなかった自分を褒めてやりたい。 カウンターがなかったら確実に蹴っていた、それどころじゃ済まずに何度も殴りつけていたことだろう。 だがきっとあの部長はそれを避けもせず受け止めるのだ、あの目で。

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