Q.E.D.を綴る指 3
真面目に学生をやって三年間、無事卒業式を迎えて両親も感無量だ。博士も一緒に、と高級料亭で個室貸切。 また明日には仕事へ戻らねばならないのに、疲れも見せずに笑ってくれる二人に花京院も胸が熱い。 精神は概算年齢とはいえ、しっかり子どもだった年数もある。父母の前ではどうしても息子、という心構えになるのだ。 宴もたけなわの雰囲気でしかし、やらかしてくれるのが空条承太郎。 居住まいを正し、お話したいことがあります、だの言い出したのに嫌な予感しかしなかった。 「ご子息のこの先の人生、全てを頂きたい」 「!!?」 ――何を言い出すんだこの男はーーーッ!!? 大混乱極まりない表情で凝視する花京院を置いて、承太郎は綺麗に土下座まで決めてくれた。 これは辛い。これは予想外。見たくはないが見ないわけにもいかず、錆びた鉄のように動かない首をぎぎぎと回す。 視界へ入った両親の顔は、穏やかなものだった。父と母は視線を交わしあい、母が息を吐いて、ふ、と笑う。 「博士、頭を上げてください」 静かに、まっすぐに視線を返す承太郎に震えのない凛とした声。 「典明はずっと貴方しか見ていませんでしたから」 足が痺れてもいないのに崩れ落ちた。 * あまりにも和やかに終了しすぎたカミングアウトに花京院のキャパシティは限界である。 また夏休みにね!と笑顔で別れた両親の懐が深すぎて埋まってしまいたい。 帰りなれたマンションの玄関をくぐり、寝室まで連行されたあたりでようやく開き直った。 やられっ放しは性に合わない。 「いつ言おうか考えていたんだが」 真面目な語り出しに承太郎の手が止まる。 溜めに溜めて、はっきりと言う。 「前の年齢になってから回数が増えたな」 「っぐ」 思い切り痛いところを突いたらしく、呻きが本物だった。 「分かりやすいぞ君」 作った視線でねめつけると、居心地悪そうに髪を掻き回す。押し付けがましく溜息をついて、詰める距離。 「で?我慢はいつやめてくれるのかな」 あっという間に視界が反転した。 * 「動けない…」 「だろうな」 耐久レースは何年分か、全ての枷を解き放った承太郎は容赦なく貪ってくれた。 おかげで全身だるいし痛いし喉だってガラガラでひどい声。 甲斐甲斐しく隣についている彼の手ずから朝食も頂いた。 「ずるいぞ」 ぽつん、と呟いた言葉に瞳が瞬く。 「あんなに気持ちいいのに卒業までしてくれないなんて」 「て、め……」 「そりゃあ毎度これはさすがに困るけども」 目を見開いて絶句する承太郎というのもおつなものだ。 僅かに伸びをして、もう一度シーツへ沈む。 「君にがっつかれるのは悪くない」 本音を偽りなく伝えれば、帽子のない彼が片手で顔を覆う。 「……やれやれだぜ」 *** 大学に進むか悩んで、結局はSPW財団の研究職へ落ち着いた。 スタンド使いの子どもの育成に関しては花京院も第一人者となっていたし、承太郎の傍に居るなら問題もない。 二十歳を過ぎて少しした頃、日本に居ることの多くなった母親がうきうきとあるものを見せてきた。 「なんですか、これ」 「お見合い写真」 「はい?!」 素っ頓狂な声を上げると、その顔が見たかったのよー、なんて父親とハイタッチしてきゃらきゃら笑う。 「どこから嗅ぎ付けてきたか分からないけど、典明が有望株だと狙ってきてるのよね」 花京院はいうまでもなく一人息子であり、縁談がきてもおかしくはない。 それを完全にネタのために出してきたというのだ。 「空条博士がいるからお断りしたわ」 しかも割と消えたくなる承認までつけて。 「あの人以上を連れてこられるものなら、やってみろって話よ〜」 「うち、ここ数代の成り上がりだからそんなに伝統もないしなあ。親戚間も良好だし、お前が継ぐ義務はないぞ」 平和に微笑む両親の心遣いに花京院の胃はキリキリ痛む。優しさが毒になるとはこういうことだろうか。 週末の懇親会の話を終えたのち、大きく息を吐き出した。 父親の言うとおり、完全世襲制という訳でもなく、だからって蹴落としがあったりする訳でもない。ただ一族間での教育はしっかりしており、次世代の基礎はしっかり出来上がっているのだ。花京院に対してはどうしたいかの希望を汲み取ってくれた結果である。むしろ、SPW財団へのパイプ役こそ重宝されたといってもいい。身内からも花京院は自慢だった。 名士の集まるパーティーではSPを雇うより花京院を連れて行くほうが確実であり、だいたい承太郎とセットで参加する。今回も息子の一張羅が久々に見たいという母親のリクエストにより参加が決まった。 華やかな会場内、滅多に表へ出ない花京院はご婦人方によくモテて、それがまた母を満足させる。 うちの息子は素敵でしょオーラが眩しく、とても恥ずかしい。 何事もなく時間は終わり、誘いをあっさりかわしながら用意された部屋へ引き上げた。 「礼服ってどうも身体が固まったような気分になるな」 上着をハンガーに掛けながら呟くうち、後ろから抱きすくめる相手の腕。 ゆるゆると二の腕を撫でてやると、肩へ甘えて乗ってくる顎。 「また妬いてしまった?」 振り向けば唇が重なって、軽く啄ばんですぐに離す。 「ぼくは君しか見ていないって知っているくせに」 頭へ手を伸ばすも、まだ不満げな視線。腕が解かれて腰元を探る動きに、ベストが皺になるとお預けを示す。 君もちゃんと脱いでこいと目線で言えば、渋々ながら身軽になって戻ってきた。 ズボンもセットでクリーニング対象ではあるが、焦らさず進めればひどいことにはならないだろう。 ベッドへゆっくりと押し倒してくる相手を受け入れて、独占欲に笑みを浮かべた。 「成長まで見守っておいて何が不満なんだ」 お決まりのように伸ばす両手は頬を包み、目元の皺を愛しげになぞる。 「花京院」 低く艶のある声に力を抜く。 重ねた年月は彼の為、すべてが繋がるこの幸福。 「ぼくの可愛い承太郎」 |