伝えるならば、and more


▼花京院が引いた

朝、目が覚めれば僅かな頭痛。身を起こせば身体もだるく、喉に違和感。
意識した途端、ごほ、とこみ上げてくる咳に観念した。
どう考えても風邪である。
引いてしまったものは仕方ない、とにかく栄養を取って休息するよりないのだからそれに努めよう。
職場への連絡を済ませ、水分片手に一息ついた花京院が憂う事項はただひとつだ。
この事実が承太郎に知れると面倒くさい。
あの過保護な男は花京院の体調に関して本当の本当に煩かった。
よりにもよって、会う約束の当日で風邪とはやらかしてしまったというほかない。
まずはバレないよう取り繕うことから考えなければ、と枕もとの携帯を手に取った。

――すまない、急に仕事が入ってしまってね。今日はキャンセルでもいいかな。

文面を確かめて罪悪感と共に送信。急用で次へ持ち越すのは互いに初めてでもないし、そうそう疑われもしないだろう。
これで少なくとも一週間は稼げるはずだ、そのうちに治そう。有休も合わせて申請してある。

「いやー、それにしても平日で長い休みなんて学生の夏休み以来だ」

気が抜けたら眠気が襲ってきた。体力も奪われているのだから当然か、とそのまま抗わず身を任せる。
浅い眠りでふわふわ過ごす時間は感覚が鈍い。寝返りを打ち、やっぱり薬を飲むべきかぼんやり考えたところで足音が聞こえた。
即座に瞼を開ける、壁じゃない方を向いた花京院の視界に白いものが入る。
見慣れたコートの端からおそるおそる視線を上げていくと、見下ろす相手と視線が合った。
おそらくさほど時間は経っていない。そして少し寝落ちた間に入ってきたのだろう、何というタイミングか。
いつもの無表情、に不機嫌――よりむしろ心配――を滲ませた承太郎が挨拶もそこそこに告げる。

「適当に見繕ってきた、台所使うぞ」

ビニール袋を下げて踵を返しかける相手を慌てて呼ぶ。

「ちょ、ま、なんでここにいるんだ君は」
「問い合わせたら病欠と聞いたんでな」

即答の内容に思わず体調からではない眩暈を覚える。
そう、この男は職権乱用に躊躇がなかった。
花京院の復帰直後は財団の過剰サポートもやむなしと受け入れていたが、もはや問題なく生活もできる現在はただの過保護といえる。
実際、熱が出たのだって久々だ。あのメールから何を感じ取って確認を入れたのか。

「ぼくの信用なさすぎるぞ」

呆れともつかない溜息に承太郎の肩眉がぴくりと跳ね上がり、バリトンボイスで。

「ああ?てめーがおれより仕事を優先するかよ」
「しますよ?!」

とんでもない発言投下へ荒げた声は裏返った。喉への負担にぐっと息を飲む花京院に袋からスポーツ飲料を取り出す承太郎。
蓋まで開けてくれたペットボトルを起き上がって大人しく受け取る。喉を潤す間、承太郎が語り始めた。

「そりゃあどこぞで襲撃があっただのスタンド関連ならな。
書類云々を間に合わせないような奴じゃあねーし、どうしてもおめーでなきゃならん仕事イコール緊急対処だろ。
そこまでのもんなら、おれにだって情報は入ってくる。でなけりゃそれは方便で私事だがよほど伝えたくねー内容ってことだ。
導き出される答えはつまり――」
「わかった、わかりました。負けを認めよう」

遮りながらプラスチックのキャップを閉める。もう一度大きく息を吐いて、髪を掻き上げた。
どうやら、自分が思うよりもずっと強固な包囲網が完成しているらしい。これまで以上に健康に気を使うほかなさそうだ。

「というか、君、夜しか空いてないんじゃなかったのか」

確実にすっぽかしてきただろう仕事を思ってじっとり見つめるも、相手はどこ吹く風で。

「おめーと会う日は急ぎじゃないものしか入れてねえ。放り出しても構わん」
「いや、構うと思う」

ごくごく正論を言ったつもりの即答はしかし、勢いと留めるどころか増長させた。

「ほう?」

口の端を上げ、語尾の音も上げてきた承太郎が愉快とばかりに。

「休養に万全を期すため有休取った奴が言うか」
「社会人として当然の、」
「花京院」

真面目な建前は呼び声に遮断される。休むのは当然で、完治を目指すのも当たり前の話で、ただその目的が真にそこにあるのかと彼は問う。
定期的な約束、日常へ組み込まれた得難き余暇は一人の為に。

「……来週まで引きずったらまた会えないだろう」

搾り出した答えが耐え切れず俯けば満足した様子で手が伸びてきて、触れる前に布団へ潜って逃げた。
気分も害さず笑いを漏らす承太郎が柔らかく頭を撫で、ギリギリ落ちなかったペットボトルを拾い上げる。

「時間作りに善処すんのはお互い様ってやつだぜ」

勝ち誇ったよう囁く相手がキッチンへ立ち去り、枕へ顔を埋めながら拳を打ちつけた。
その後、回復するまで甲斐甲斐しく世話を焼かれたのはいうまでもない。

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