案ずるなかれ、エトセトラ


▼花京院の場合

「承太郎!」

呼びかけと共に開け放った扉の向こう、目に入った白い色に僅か安堵する。
視線の集中砲火を受けて我に返り、それでも気になる相手へずかずかと歩み寄る。
見るからに無傷、立ち姿はいつもと変わりない。念の為、大事はないか聞いてみたところ、コートの裾を持ち上げて見せた。
角が黒く、焼け焦げている。

「それは重大な損害だな」

重々しく頷いてから、互いに笑む。
安心から緩んだ空気に周りの職員も事後処理の作業を再開した。
部屋を見渡しながら水びたしの惨状に目を瞠る。

「なかなか派手にやったようだ」
「スプリンクラーがな」

話をよくよく聞いてみれば、精神の不安定さからパニックになった子供の能力が暴走し、小規模な火災となったらしい。
当事者が気絶したのですぐおさまったものの、敏感な機器は優秀な反応を示して警報が鳴った。
かくして水も滴るいい男――ほど濡れもしなかったので適当に拭い、部屋の状態を確かめていたとか。
何事もなくて本当に良かったと無意識に胸元へ手をやり、動きが止まる。

「どうした」
「…………IDカードを忘れた」

常なら首から下げているはずのネックストラップがない、というかそもそもカードを認証にかざした記憶もなかった。
突然青ざめて固まった花京院を見かね、近くの職員がおそるおそる挙手。

「花京院さん、認証全部スルーしてきたんですよ」
「?!」

ザッ!とそちらへ視線を向けるのに親切な青年は順番に数えてくれる。
廊下を走り抜ける花京院の様子がただ事ではなかったのでまず一人目がタイミング良く静脈認証で開いた扉を譲り、その後、セキュリティ部へ通達が行き、駆け抜ける時だけオールグリーンで通したとのこと。まさに見事な連携である。

「そもそも、てめーどこから入ったんだ」

この建物はIDカードがなければ入口からお断りなくらい徹底している。
もっとも、花京院であれば顔パスくらいは余裕であるが、セキュリティ認証はそうはいかない。
まず誰もが通るはずの最初のゲートをどう潜り抜けたのか。
承太郎の疑問に花京院がそっと顔を背けた。

「塀を乗り越えて中庭を走った……記憶はある」

支部の入口は普通に歩いてくると回り込んだ場所になり、急いた気持ちでは余裕もなかった。
ハイエロファントグリーンで軽々乗り越え、中庭を横切り最短ルートで走った結果がまさに現在。

「すみません……」

申し訳なさで顔を覆う花京院へ周りから温かい声が掛かる。
実はこの話には前提があり、即座にパスが通ったのには理由があった。
遡ること数ヶ月、保護したスタンド使いが経過観察中に諍いを起こして騒ぎになり、測定中の機器がショート。ちょうど立ち会っていた花京院は即座の判断でそれをぶち壊し、大した怪我人も出なかった。その時のあまりの迫力そして破壊力にスタッフは思った――彼はいざというとき躊躇わない男だと。よって、空条承太郎が支部にて起こった災害に巻き込まれた、なんて重大事件で飛んできたのを暢気に見つめていられなかったのだ。人命はもちろん大事だが、設備もただではない。

簡略化されて付け加えられた事実にますます花京院は顔を上げられなくなり、承太郎がなるほどと頷いた。

「理解されてんじゃねーか」
「嬉しくないよ」

掌の間からくぐもった声で答える情けなさは形容し難い。優しさが染みて辛すぎる。
数秒後、挙手した職員による、ゲストカードとってきますね、の気遣いがトドメを刺した。

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