確定事項の伝達法 2


ここ数日、様子のおかしい奴がいる。
むしろ記憶を巻き戻してみればだいぶ前から挙動不審だった気はするが、輪をかけておかしいと剣城は思う。
無駄に絡みが多いのは相手の性格というか、割と誰にでもそうなので今更驚くつもりもない。 だがしかし、あからさまに懐かれる、もとい、好意を示されるのは慣れる以前に頭が痛い。 天馬を知っている周りからすれば、 仲が良いなの一言で済まされる状況なのは分かるものの自分が同じノリで返せるはずがなかった。 とりあえず、わかったわかったと繰り返し受け流し、そのたび更に膨れ上がる単語の波にさすがに驚いた。 驚いた、矢先。ぱたりと勢いが止んだ。思わず振り向いて確認する。
相変わらず、近くには居る。信助と笑ったりマサキとじゃれ合ったりしながら自分の声の届く範囲に居た。
しかし静かだ。無視をされてる訳でもない、必要最低限の会話から軽い雑談にもなるのに、静かに思えた。
パス練だったり、フォーメーション確認の声かけだったり、いつもと変わらない。 変わらないはずが、余所余所しさを感じるのは何故だろうか。 答えは簡単だ、はしゃがない。自分に対して、はしゃぐ様子が全くない。 分析するとどんな自意識過剰だと思わないこともないが、あれだけ執拗にぶつけられて何も感じないのも逆におかしい。
ただ、静かなだけなら気にせずとも良かった。だというのに、極端な奴はこういうところまで極端だった。 目に見えて接触を減らしていったのである。もう少しうまくやれと言いたい。 それでいて、完全に届かない位置には行かないのだから、溜息も出る。
三日様子を見た剣城は、四日目にして重い腰を上げることを決心した。

水分補給の小休止。 といっても、もう部活時間は終わっているので、いつ戻っていつ始めてもお咎めはない。
自主練習タイムに残るメンバーは全員の時もあればもちろん、偏る時もある。
今日はほぼフルメンバーがボールを蹴っており、賑やかな声がグラウンドに響いた。
給水ついでに顔を洗うかと移動したところ、見事天馬とかち合った。
あ、と口をあけたのち、思い出すように噤んで押し黙る。解せない。
タオル片手にすたすた近づき、軽く覗き込んだ。

「具合でも悪いのか?」
「なんでもないっ」

言い切ってその場に座り込む。どう見てもなんでもなくはない。

「…そうか」

木陰でも日陰でもない中途半端な位置。照り付けているからハッキリ言って暑い。
暑いのだが、頭を抱えるよう座り込んだ天馬を放置する気にもなれずその場に立つこと数分。
無言。ひたすらに、無言だった。この我慢大会は体調に差し障ると判断し、声をかけようと口を開く。その瞬間。

「ああああああああ!!無理!限界!つるぎっ!」

叫ぶやいなや、がばっと立ち上がり自分へ向き合った。思わずびくっとして半歩あとずさる。

「剣城に構わないの俺ムリ!」
「は?」

面と向かって放たれた宣言は意味不明だった。

「剣城には何回もありがとうって言ったけど足りないし、 一緒にサッカーできるようになってから本当に楽しいし、 俺のこと信じてくれたし、なんだかんだ俺に甘いし、 めんどくさそうにしながら俺が忘れ物したりコケたら歩くの待ったりしてくれるし!」
「いやまて、それはまて、何か違う」

赤い顔で一息に紡ぎ出される数々は全て一緒くたにするには間違っているような感じがしてならない。
後半は保護者じゃないのか、自分のポジションはそこなのか。そしてそれが押し留めていたものだというのか。
完全に理解の追いつかない剣城を置いてきぼりに、なおも天馬は声を張り上げた。

「好きだよ!」

いままで聞いた振りをしていた言葉の奔流が一気に流れ込む。
身体中に染み渡るこの感覚は、何かと自問するだけ無駄な話。
かろうじて唇を動かした。

「…さすがに知ってる」
「剣城は?」
「……嫌いじゃない」
「そんなの俺だって知ってるよ!これだけ一緒にいて嫌われてたら新事実すぎてびっくりだよ!」

開き直ったか突き詰めてくる相手が忌々しい。なんだその自信は、なんなんだその根拠は。
当然だ、嫌ってなどいない、嫌うわけがない。相手に持つ感情といえば、ただひとつ。

「―――…っくそ!この馬鹿が!」

毒づいて睨みつけ、腕を伸ばす。タオルが落ちた、が気にしていられなかった。
たっぷり数秒は沈黙したのち、じわじわ染まってくる顔を隠すようにしながら囁きかける。

「………………好きだ」
「やっと聞けたあ」

ふにゃり、力の抜けた声で天馬が笑い、体重を預けてきた。
居た堪れなさに苛まれる。

「お前…これで俺にどうしろと」
「え。剣城に言ってもらうとこまでしか考えてなかった」
「、松風………」
「わ、ちょ、剣城怒ってる?ごめ、ごめん、っいったぁ!」

のんきな返答にどっと襲う疲労感。
赤面を晒す屈辱と引き換えに額を打ち付けた。よくよく考えたら相手も赤いのだからお互い様だ。

「痛いよ剣城ー」
「痛くしたんだ」
「ていうかこれ剣城も痛いんじゃないの」
「うるさい」

それはそうだ、痛い。痛いが今現在抱き締める腕を離す気はなく、 それでも何かと考えたらその手段しか浮かばなかった。 拒みもせず腕におさまる相手、ますます力が強くなる。自然と息が漏れた。

「……数日、お前が煩くしないせいで落ち着かなかった。いつもまとわりつくくせに」
「し、静かにしてみよう作戦」
「何が作戦だ、大方窘められたんだろ」
「う、するどい」

誰かは分からないが、というか詮索するつもりもないが、よくも溜めに溜めたツケを支払わせてくれたものだ。
確かに煩い、いつも煩い。だが居ないと物足りないなど気付いてしまえば本当にくだらない。
勢いが落ち着いて少し困り始めた天馬を宥めるよう背中を撫で、観念して呟いた。

「…そのままでいい」
「え」
「そのままで、いい」
「…っうん!」

一度目の呟きに瞳が揺れ、二度目の駄目押しに笑顔が咲いた。
大きな大きな溜息をついて、剣城は再度額を重ね合わせる。

「さすがにそろそろ、日陰に行きたい」

陽光は容赦なく、二人へ降り注ぐ。



一足先に部活を上がったマサキは着信メールを見て鼻を鳴らす。
寄り道のファーストフード店でシェイクを啜り、携帯を閉じて肩を竦める。

「けっっっっっきょく、痴話喧嘩じゃん。アホらし!」
「僕は狩屋のその性格が一番損だと思うなあ」
「信助くんひどっ!」

信助はにこにこと笑いながら、労いの意を込めてナゲットを差し出した。
大人しく受け取って齧るマサキを眺め、しみじみと頷く。

「天馬は保護者が一杯だね」
1へ

戻る