確定事項の伝達法 1


「つるぎつるぎつるぎつるぎ!剣城が好きです!」
「知ってます」

学ランの最後のボタンを留め終わり、マサキが切り捨てるように言った。
朝練が終わり、授業までの僅かな時間。
とっくに教室へ向かい終わったのに自分たちが残っているのは片付けのジャンケンに負けたからである。
余裕を持って終わっているから遅刻することはないものの、実のない雑談に付き合う義理はなかった。

「なんで敬語なのさー!」
「その言葉そっくりそのまま返すからね」
「狩屋ノリが悪い!そして冷たい」
「聞きあきたよ。ていうか本人に言いなよ」
「言ってる。わかったからって止められるくらいは言った」

叫んだあとに続く若干の恨めしさを含んだ声音。正直いって馬鹿馬鹿しい。
淡々と事務的に返していたマサキだったが、正論とも言うべき本音を告げたところ、 予想外に真面目なトーンで返ってきた。 思わず振り向いて後悔、先に立たず。

「うん、天馬くんはまず落ち着こうか」

今にも唇を噛み締めんばかりのその表情に相談役の名札をつける決心をする。 こういうのはいつも傍にいる信助の役目のはずなのにとんだ貧乏くじだ、 と思ったところで解決はしないからとりあえず聞ける話を聞いてみた。

「最近、剣城が二割増しで冷たい」
「なにその値上げしましたみたいな」

スーパーの広告POPが頭に浮かぶ。最も安くなりこそすれ高くなったお知らせなど一般的にやるはずもないが。
とはいえ、示された結果に対する原因は分かりやすすぎるほどに分かる。
あの皆の輪が出来ていたら必ず一歩下がり見守るような位置に立った振りをして、 自分に火の粉がかからないよう避ける性質の当人が、好意をまともに受け取ることがまず難しい。
それでも上手くかわすなり流しなりしていたように思えるけれど、最近を鑑みるに容量オーバーか。
高速で思考を纏め上げ、天馬の鼻先に人差し指を立てて見せた。

「言い過ぎなの、わかる?」

端的に、しかし事実のみをはっきり告げる。
一瞬詰まった様子を見る限り、なにが?と聞くほど察しが悪いわけではないらしい。
自分の学ランを留め終わり、天馬が言い訳を口に載せる。

「でも俺だってあんまり人がいたりする時は、剣城のそういうとこ好きだなー、とか言い換えてちゃんと弁えてるよ」
「TPOあったんだね天馬くん…」
「ひどっ!」

弁えてるのかどうかはともかくとして、意外と見回す余裕もあったことに感心を覚える。
ショックを受けるリアクションは無視し、鞄を手に取りながら解釈を進呈。

「でもそれ好きの連続攻撃受けてる方からしたら、ただの追い討ちだからね?」
「お、追い討ちって…」
「剣城くんの性格で告白連打はきっついと思うなー」

明らかに動揺するのを確かめて、あくまでなんてことのない口調でもう一言。
両手をぎゅっと握って、思わず項垂れる目の前の級友。

「だって、こう…、最近、本当に剣城が好きで」
「惚気られても。つーかそこを本人に!あーもう!」

まだ言うか。そんな気持ちと共に限界が訪れる。
本人に言えと思うも十分言っている、言っているからこそ問題だ。なんだこれはと叫びたい。
匙を投げ飛ばしたくなりながらも相手をギッと見据えた。

「天馬くんはしばらく、好きって言うの禁止!」
「ええーっ!?」
「感情ってのは発散だけしてりゃいいってもんじゃないんだから。待て!」
「俺、犬みたい…」
「じゃあブリーダーの話はちゃんと聞くこと」

表情に不満を表すも現状打破に望みをかけたか、やらないとは言わなかった。
何故こんな手助けをする羽目になっているのだろうか。溜息をつきたくなる。
しかし落ち込んだ顔をされると調子が狂うのも事実な訳で。

「言わないで過ごしてみなよ、その方がわかるって」

フォローを重ねる自分はいったい何者なんだと頭の隅で思いつつ、部室からようやく足を踏み出す。
タイミングよろしく、予鈴が鳴った。
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